MADMAN HOUSE/夢日記
■071027.sat
かつては税関の所長邸だったというおんぼろ屋敷を前に数刻前のことを俺は反芻する。
老いた黒人の男が因縁を語り始める。
仲介屋はここで去る。
俺と依頼人は歩き始める。
話は数十年前へと遡る。
依頼の対象は男の弟だ。
依頼人とその弟はこのスラムで育ち、そして、一攫千金をボクサーと言う道に見出そうとした。
彼らは厳しい訓練を積み、そして、いいところまでは行ったそうだ。
俺は依頼人を見上げる。
確かに、鍛え上げられたいい体格をしている。並みの相手では勝てまい。いや、センスさえあれば世界を取れただろう。
だが、彼らは罠にはめられた。
兄はその道を諦めざるを得なくなり、弟は復讐を志して魔道に堕ちた。
最初の殺人は拳で達成したらしい。しかし、その後は血だけを求めるようになったそうだ。あらゆる武器を用い、不必要な拷問を行った後、血を啜り、肉を喰らう。それが今のそいつの姿らしい。
賞金首である以上に化け物。それが依頼の理由だろう。
俺はその屋敷に足を踏み入れた。
丸々と太った小柄な男が出てくる。
「ようこそ、当ホテルへ」
慇懃にそう言うが、濁った眼光と今にも涎が垂れ落ちそうな笑みから受け取れるのは、非人間的意味での歓迎の意だ。豚が執事を気取っているその姿が滑稽に感じられ、思わず嘲笑が零れそうになる。
が、辛うじてその衝動を堪えて俺は無言でそいつの後をついていく。背中は誘うかのように無防備だが、挑発には乗らない。こいつは小物に過ぎず、今はやりあう時ではない。その時は向こうからやってくるだろう。そして、その時はそう遠くないのだ。
使いの子豚が部屋を示して去っていった。
窓から西日が差し込む部屋だ。海に乱反射した橙色のきらめきに目を細める。
こいつらにあてがわれた部屋で少しゆっくり休み、出方を窺ってからでも遅くは無い。
まずは館内の構造を把握しておくべきだろう。荷物をベッドに放り投げて廊下へと出る。
そんな俺の意志を嘲うように、館内に不意の銃声が響いた。
この階ではない、真上だ。そう判断する間にも状況は刻々と変化する。激しいが軽い足音とゆったりとしているが重々しい足音が近づいてくる。また、先程とは異なる銃による銃声。恐らく前者はBAR、後者はショットガン。銃声の後、(恐らく)人間が転がる音がして突如天井が抜けて、皮厚のブーツと白いふくらはぎが突き出て来た。足の先は黒衣に覆われているが、穴の隙間からちらりと女の顔が見え、次に裂かれた左袖から血が滴って降り落ちてきた。
「ぬかった!?けど!死ぬのはあんたよ!」
上で女は粋がっているが、どう考えても劣勢だ。ほっとくわけにも行かないので、出てきた足を引っ張って引きずり下ろす。
「んな!んぎゃああああ!」
「はいはい。ここは退却すべき局面ですよー。って、味方!味方だから!暴れんな!」
引っ張った足に続いて落ちてきた女の体を肩で受け止めてそのまま担ぐ。幸いに女は小柄で軽い。暴れられても大して苦にはならなかったが、獲物の巨大さが多少目障りだ。
「なによ!いい場面なのに!」
「下から伏兵に足掴まれるような状況が何がいい場面か。ここは退いて体勢を立て直す」
部屋から飛び出て階下を目指す。しかし、廊下はさっきの子豚がサブマシンガンを構えていて、こちらの姿を見た瞬間に発砲してきた。フルオートの弾丸が霰と降り注ぐが、使い手の嗜癖か下っ端の分を弁えたのか、弾丸は掠めて飛ぶばかりでこちらに命中することは無い。
舌打ちをして別の階段を目指す。こちらは誰もいない。急いで駆け下りる俺に女が喚き立てる。
「ちょっとちょっと!階段降りた直後が危ないわよ!」
「分かってるに決まってるだろ!その手のデカブツは何のためにあるんだ!?」
「…っ!オーライ!」
「いくぞっ!」
…と気合を入れて階段から飛び出したにも拘らず、階下のホールは森閑としていた。
意表を衝かれた思いだが、これ幸いと女を下ろす。
「さて、お前はとっとと立ち去ることだな」
「何を言う!まだまだやれる!」
「肩はともかく足はどうなんだ?俺はこれ以上抱えてやるつもりは無いぞ。できれば両手を使いたいからな」
「…とかなんとか言ってる間に、来たみたいよ」
濃密な妖気を伴って、この館の主、今回のターゲットがその威容を現した。
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ここまでで終了です。
ガンアクションは見せられませんでしたとさ。