まずはじめに/ブログ管理

<目的>

書いてると、楽しいので。

 

<内容について>

一人の人間の心理の変遷を記録してあります。

かなり気紛れですので、読んでいて振り回されたりしないでください。

むしろその変化を記録するために書いているのです。

頑張って嘘を書かないように気をつけますが、それでもやっぱり時々は無知を晒したり嘘を書いたりしてしまうでしょう。そういう時は、やんわり指摘していただけると個人的に嬉しいです。

 

<リンクポリシーとか>

リンクフリーです。画像への直リンクは許可できません。著作人格権はそれなりに尊重していただければ結構です。引用において出典を明らかにするのは、このブログに限らず実践してください。

TBやコメントについては、対象記事の内容に対応していないものは予告無く削除させて頂く場合が有ります。ご諒承下さい。

 

<カテゴリについて>

「Aboutうろぶろぐ」:管理上の思案ごとだとか。

「ヒビ記」:日々の物事について書いています。

「Sports徒然」:スポーツの話題。野球、ホークス中心です。

「websoccer」:「websoccer」の攻略考察関連。

「ヒトトナリ」:僕が何が好きか、どういう人なのか。

「自己言及」:僕から見た私というヒト、私から見た僕というヒト。一種の観察日記。

「夢につき」夢日記。夢につき 夢につかれて 夢うつつ

「感想」:小説、漫画、映画などについて感想を書いています。

「文散」:散文とか詩とか収まってます。血迷い事ですね。

「侏儒雑観」:法や倫理、まちづくりなど社会情勢について考え事です。

「創作日記」:見えない日記。

 

<タイトルについて>

RSSで解るようにタイトルの後半に「/○○」とカテゴリを書いています。

 

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シン・ゴジラについて(前半ネタバレ無し、後半ネタバレあり)

僕の評価は、「僕にとって3.11以降待望のゴジラだったという意味で最高の傑作」というものです。これは、ゴジラが持つ社会的メッセージ性という視点からの評価です。政治劇の部分が多かったですが、あれだけ破壊すればアクションとしても十分でしょう。ゴジラの動機、ゴジラの捉え方・対処法、どちらも好みです。大満足でした。
僕は、既存のゴジラシリーズは、初めて見たのが『ゴジラビオランテ』、それから、第一作の『ゴジラ』、『ゴジラの逆襲』、おそらく新しい方の『ゴジラキングギドラ』、『ゴジラモスラ』、そして『ゴジラデストロイア』を見ています。ハリウッド版は、レジェンダリー・ピクチャーズの『GODZILLA』の方だけ見ました。レジェンダリー・ピクチャーズといえば『パシフィック・リム』も見ました。どれも好きな作品です。

その他の特撮体験は、長期休みの再放送で、『ウルトラマン』の一部、『仮面ライダーV3』の一部、平成の『ガメラ3』の一部、『GARO』シリーズ…くらいでしょうか。

その程度の体験しか無いけど特撮は好きという姿勢の人から見て、「僕は楽しいけれど視聴者は楽しいのかな?シラケないかな?」と普通の視聴者の評価が心配になった点は、冒頭の昭和特撮のナレーションのような声での導入部分、中盤、終盤の一部のシーンの特撮っぽいちゃちさです。ですがこれは、「特撮っぽくあることで虚構であることを示す」という意味で、適切な距離感だったと思います。真に迫りすぎてショックを与えすぎることを避けていたと思います(一方で、「3.11の空撮が時にちゃちな特撮に見えるほど非現実的であったこと」も思い出しましたが)。

その意味では、米国大統領特使のパターソンさんのキャラクターの虚構性も日米関係について真に迫りすぎるのを避けていたのかな、と思います。

そういう点を瑕疵として批難する人は多いだろうと思いますが、逆に僕は「虚構という枠を視聴者に度々再確認させるのがとても巧い」と評価していますし、気にならない方は気にならないでしょう。まぁ、それも狙ったことではなくて庵野監督が好きでやった結果なのでしょうが(なので、僕は「地上波アニメと違ってお金払って席を立ちづらい映画館という状況を作って好き放題やって庵野監督はずるいなぁ」と思いながら映画を見ていましたが)、良かったと思います。

それと、会議のシーンが多いので子どもは楽しくないのでは?という意見については、僕自身子どもの頃に見た『ゴジラビオランテ』では遺伝子がどうのとかさっぱりわからなかったけれども何かゴジラの破壊力はすごかった、そして大人も苦しんで、がんばっていたという印象が残っているので、子どもなりに楽しめるのではないかな、子どもは何でも楽しいことを見つけて記憶できるのかな、と思っています。

恋愛とか家族愛とかは、主題では無いのでほとんど描かれていません。注意深く見ていればその要素は感じ取れるかもしれないと思います。しかし、それが無いから女性は楽しめないとは思いません。というか、好きな人多いでしょ、破壊と決断と再生の物語。恋愛は恋愛、アクションはアクション、ギャグはギャグですよ。なんでも詰め込むのは良くない。なんでも詰め込まなかったシン・ゴジラは素晴らしい。

以上の通り、一部の描写を受け付けない人がいることも理解していますが、そういう人は少ないと思いますので、絶賛ということでまだ見ていない方には是非劇場の大迫力で見ていただきたいと思います。

(ここまでネタバレなしのつもりです。)

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統合完了/daily

元々FC2でやっていたブログとはてなダイアリーでやっていたブログを統合しました。
http://ropaque.blog19.fc2.com/ に存在しました。
はてなダイアリーは設定で(ブクマやスターも)リダイレクトにできるのね、便利。

結局、FC2ブログのカウンターは「85376」でした。

実質5年位で2000記事くらいなので、まぁ、そんなものかな、と。

一時期は、研究室など知人から生存確認に見られていました(生き恥)。

今は、Facebookがあるから、そちら方面はそれで済みますので、役目を終えたということですかね…。

一番見られていた記事はおそらく「こころ」の感想記事でしょうね。

夏休みに検索からのアクセスが増えていたので。

まぁ、ここに移したからといって更新が増えるというわけではないですが、はてなブックマークの方がまだ利用頻度が高いので、管理という意味では多少なりともアクセスしている方に統合すべきだろうという判断です。

しかし、過去記事ひどいね。

でも、近年はTwitterでより刻々としたメンタルの変化が記録されているから、もっとひどいね。

そういうことです。

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うしおととらアニメ化を考える/daily

あまりに嬉しいのと不安とで、ここのところずっと心に引っかかってたので、全巻読み返して何クール必要そうか考えてみた。

書き出しておかないと妄想が止まらないので、もうね。

気持ち悪いくらい書くね。

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レイアウト崩れをなおした/daily

スマホ夢日記を読み返していて面白かったのでPCで見ようとしたらレイアウト崩れを起こしていたので直した。

昔はこれくらいの修正もできなかったよなぁ。

すごくなったな、GoogleChromeの開発機能。

一番古い記憶/昔の話

一番古い記憶は、「母から弟が出来るの。りょうへいくん(※)はお兄ちゃんになるのよ」、と言われた時だと思う。その時、何かがそっと引き剥がされて自分が違うものになったような感覚があったのを憶えている。これが2歳の時。(※HNの「よしひら」は「良平」の訓読みであることは、ブログでも何度か触れている。)

それは、しばらく忘れられていたのだけど、妹が生れた時に弟が同じことを言われているのを聞いて、思い出したのだった。「弟は弟であって、自分と同じ『お兄ちゃん』ではない」と反発を覚えたからである。しかし、弟はいまひとつわかっていないように見えた。祖父の家で妹を挟んで兄弟妹三人で写っている写真が残っていて、この時のことはよく憶えている。これは、4歳の時のこと。

その間の3歳くらいの記憶もいくらか残っている。

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「なぜ子どもが家事を手伝わないのか」についてぼんやりと

なんかツイートしようと思って書き始めたけど長くなりそうだったので試しにメモ帳に書き溜めてみたらやっぱり長くなりすぎたので久しぶりにはてダに来てみた。
「なぜ子どもが家事を手伝わないのか」について考えた。じゃあ手伝いをせずに子どもが何をしているかというと大体漫画ゲーム、友達とメール・LINE等だったりする。
何故そっちが優先されるかというと、毎日やらなくてはならない代わり映えしない家事と違ってそれらが常に新しくて新しいことが面白いからだろう。加えて、一度手伝うとより強く毎日手伝いを要求されることが容易に想像でき、より楽しいことに使う時間が削られる悪い想像がある。
年をとると経験が蓄積された分、新しいことに出会う機会が減ってくるので、同じことを繰り返すことに慣れて抵抗を感じにくくなる傾向があると思う。その感覚を子どもに求めるのは筋違いじゃないかな、と思う。
では、逆に子どもの新しいものを求める感性に合わせて、それが「退屈なルーティン」で無くなればいいんではないか。つまり毎回新しい工夫とそれに伴う発見があるようにすれば抵抗が減るんじゃないだろうか?
プロスポーツ選手の一部の超一流の選手は、毎日の練習の中で少しずつ工夫をする楽しさを口にする。繰り返しの中に新しい発見を交えることで、努力する楽しさを見つけているのだと思う。
諦めにも似た慣れの中で単調なことを繰り返すのが努力ではなくて、新しいことを発見する努力ということ。スポーツの場合、身体の些細な動きの違いを発見する身体知の才能の違いが努力の才能になってるかもしれない。
勉強でも、多くの子どもたちが無思考な繰り返しを勉強だと思い込まされていて、工夫を楽しんでいないのではないかと思う。正しく工夫する楽しさを知ることで勉強は変わる。
というのは、それが間違った工夫にならないようにする指導が大事だと思う。例えば、メシマズならマズく出来たものの隣に美味しく出来たものを並べて、どう違うのかから確認しないといい方向に進まないんじゃないかな?
でも、多くの場合、そういう「丁寧な指導」はなされない。特に、ルーティンとして確実に手早く片付けなければならない家事では手戻りは許されることが少ない。間違えて怒られて、面白くないから続かない。
初めてやらせるなら手戻りと指導に時間を取られることを覚悟するべきだし、それが無いのに一方的に継続的実施を望むのは無理があると思う。
つまり、親切に指導して気持ちを乗せてやるというのがひとつ。もう一つは徹底して本人がやるまで手を付けないというのもあるけど、今はなんのかんのでインスタントがたくさんあるし、現実的じゃないよな。とか思った。
でも、そういうトライアンドエラーの無さってのは、引き締め傾向にある日本ではどこでも見られるよなー、って思った。って、なんでこんな結論になったんだよ、俺。
ゲームとかは結果がすぐ出るし、目標が明確に設定されていて成功したかどうかの判断がはっきりしているから好まれるんだと思う。スタートはある程度限定されたルールを設定してやることは大事だ。ただし制限時間はなしで。