ちしゃねこたろう/おとぎ話
むかしむかし…と言ってもそう遠く無い昔のおはなし。
あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。
ある日、おじいさんが夜道を家へと帰っていると、キャベツ畑に三日月様のにたにた笑顔が浮かんでいるのを見つけました。
笑顔の上には二つの目玉がぴかぴか光り、「にゃあぁ」と確かに鳴き声がしました。
おじいさんがびっくりして立ち止まっていると、目玉はそろそろと笑顔から離れて、おじいさんのほうに近づいてきた。目玉がどんどん近づいて、ごうごうと大きな音が鳴っても、おじいさんはたまげてしまってなんにも動くことすらできなんだ。そしておじいさんは、ただあんぐりと口を開けて目玉が頭の上を通り過ぎるのを見送った。それだけで、他に何も起きなかった。
なんにも起きなくておじいさんは安心するやらあっけに取られるやらで、首が疲れるまでしばらくぽかんと空を見上げておったそうな。
するとまたしても「なぁあ」と鳴き声が聞こえた。
おじいさんがはっとして顔を下ろすと、さっきと同じきんきら笑う歯が今にも雲隠れしようとしている。
それを見たおじいさんは今度こそ、かっと怒りを覚えた。そんで足元のキャベツを拾い上げ、高々と頭の上に掲げたそうな。
「おのれ化け猫、わしを化かすか。わしを爺と思うて馬鹿にしとると、きっと痛い目にあわしてやるぞ!」
おじいさんは怒りにまかせてそうおどかしたそうな。
ところが化け猫はにたにた笑顔を消したかわりに、鳴き声を甘えたようにしたりほんとうに笑い声にしたりしはじめた。
おじいさんは今度こそ頭にきて、
「くらえ化け猫!」
と持ち上げたキャベツを笑顔が浮かんでいたあたりに目掛けてぶうんと投げつけた。
ひゅうんとキャベツが抛物線を描いて空を飛び、どさっと音がして鳴き声が止んだ。
しめたと思ったおじいさんは、猫が死んだか死んでいないか確かめようと思い、そろりそろりと近づいた。
猫の死体を見るまではどちらでもない、ふふふ、シュレディンガーの猫じゃな、とおじいさんは思ったそうな。
そんな元物理学者の思惑を知ってか知らずか、猫の死体は見つからず、そこでようやくおじいさんは、
(はて、では夢だったか?)
と思った。
(そんなに呑んだ覚えは無いのだが……)
おじいさんが首を傾げて飲み屋で傾けた杯の数を数えていると、また、鳴き声が聞こえてきた。それも、さっきよりも大きい声で。
ほとんど足元から聞こえてくるような気がして、おじいさんは足元を見回した。するとさっき投げたキャベツが転がっているだけであった。
おじいさんはだんだん気味が悪くなって、足元のキャベツを抱えて逃げ出した。
そして、ほうほうのていで家に帰り着き、キャベツをキッチンに置いてベッドに入って眠ってしまった。
翌朝。
おじいさんはすっかりあわてたおばあさんに叩き起こされた。
「おじいさん、おじいさん。台所のあれはいったいどこで拾ったのですか!?」
おばあさんはすごい大声で目をこすって眠そうなおじいさんに話しかけた。
おじいさんは、昨晩おどろいたり走ったりしたせいか体がずっしり重くって、めんどうくさげにこう答えた。
「キャベツ畑で拾ったに決まっているだろう」
おばあさんはその答えを聞いて、さらにすごい剣幕でこう言った。
「そんな子供だましの答えがありますか!?あの赤ん坊は一体どうしたんですか!?正直におっしゃいな!」
おじいさんはまったくわけが分からず、二日酔いでぼんやりとした頭をフル回転させて必死に昨夜のことを説明した。
「違うんだばあさん、昨日の帰り道、キャベツ畑で化け猫が現れたんで、思わずそいつを投げつけてしまったんじゃ。それで痛んでしまっただろうけど、もったいなかろうし、何よりよそさまの畑の物をこんなことにしてしまって、騒ぎになってはいかんと思って、持って帰ってきたんじゃ。それをテーブルの上に置いといて、どうして朝になったら赤ん坊がどうのという話になるのじゃ?」
おばあさんはこれを聞いてすっかり青ざめてしまって、
「とにかく台所に来て自分が何をしでかしたかご覧なさい。あなたは確かにお酒に目が無かったけれども、まさか酔ったとはいえこんな大変なことをする人だとは思わなかった」
そう言ってぽろぽろと泣き出してしまった。
おじいさんはおばあさんのそんなただごとでない様子にすっかり驚いて、とにかく台所でなにが起きたのか確かめようとベッドから出ていきました。
おじいさんが台所へ行くと、確かにテーブルの上には毛布にくるまれた赤ん坊がいました。
おじいさんは、自分の目を疑い、そして青ざめました。
昨晩投げたキャベツがこの赤ん坊だったのなら、この赤ん坊はもう死んでしまっているのではないか……そう、考えたのです。
おじいさんはなかばは放心状態でテーブルの赤ん坊に近づき、そっとそのほほに触れて見ました。
すると、ほのかに温かい気がします。
おじいさんはあわてて両手でしっかり赤ん坊のほほを包んで見ると、やはり温かみが感じられました。そして、そうしているさなかに赤ん坊は目を開き、そして火が付いたように泣き出しました。
泣き声に気がついて階上から駆け下りてきて、あわただしく赤ん坊をあやす妻の姿をぼんやりと眺めながら、おじいさんはようやく真実に気が付き、
「昨日の化け猫はシュレディンガーの猫ではなくて、シュールレアリズムの猫であったか」
とまたもつまらない科学者ジョークをつぶやいたのでした。
おじいさんは昨夜の話をすっかり正しく修正しておばあさんに伝え、一緒に警察に届け出ました。
警察と一緒に現場に行って見ると、昨夜おじいさんが赤ん坊を拾ったところには、割れて半分になったキャベツと子を捨てた母からの置手紙があったのでした。
おじいさんとおばあさんには子供がいなかったので、この可哀想な赤ん坊を引き取ることにしました。
おばあさんが可愛らしい玉のような赤ん坊をあやしながら言います。
「さて、どんな名前をつけましょうか?」
おじいさんは学者らしい難しい顔をしてこう答えました。
「うむ、キャベツ畑で猫の手引きで見つかったのだから、児童文学になぞらえて『ちしゃ猫太郎』というのはどうだろう?」
するとおばあさんはあきれた顔をしてこう切り返しました。
「おとぎ話じゃないんですから馬鹿なことはお言いなさんな。それに、『ちしゃ』はキャベツじゃなくてレタスですよ」
「おや、そうなのか」
専門分野以外は知識もジョークもいい加減なおじいさんは、気の無い返事を返しました。そんなおじいさんにおばあさんはさらに畳み掛けるように力を込めて言います。
「な・に・よ・り、この子は女の子です!」
おじいさんは本当に気がついていなかったようで目をぱちくりさせました。そんなおじいさんに呆れてため息をつきながら、おばあさんはこう続けました。
「でも、『ちさ』という名にすれば可愛らしい子に育つかもしれませんね」
ところで、この地方を飛ぶ飛行機会社は全日通という名前で、尾翼のマークはコウノトリだったそうな。
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…どうも、つまらない冗談に付き合わせてしまってすいません。
最初の「三日月様」を「みかづきよう」と読んでいただけたかどうか心配です。
「よう」と読んでいただいたほうが楽しんでいただけると思うのですが……無理か。
タイトルは一種の罠なんですが、チシャがレタスだって知ってるのって多くないから意味ナス?
思いつきの発端は「シュレ猫」と「シュルレ猫」との駄洒落だったのですが、結局完全に別の駄洒落になってしまいました。
まったく、僕らしいしょーもない小品です。
(071017ちょっぴり修正)
流石に夜道で酔っ払っていてもレタスとキャベツは見間違えないだろうと思い直しまし、翌朝行ってみたらレタス畑だったのをキャベツ畑に変更して「ちしゃ」のくだりがおじいさんの勘違いということにしました。
ほかに誤字脱字も修正しました。