村上龍『半島を出よ』(幻冬舎)/読了
「それはお前の自由だ」/イシハラのセリフ
漸く『半島を出よ』を読了しました。
僕にとっての“初村上作品”でしたが、非常に楽しめました。他の村上作品への興味も膨らみました。
まず外装が良いです。
まず、上巻・下巻を青と赤でしっかりと対比させ、
モノトーンの福岡の街に色鮮やかな大小さまざまな毒ガエルを這わせるという、
生理的嫌悪感を誘う不気味な装丁。
ハングルを下地にしながら、「北朝鮮」、「テロ」、「財政破綻」、「国際的孤立」など、
理知的嫌悪感を誘う文句が並ぶ灰色のオビ。
平積みされた時のインパクトでは、敵うものは中々ないでしょう。
この本のように中身と外見(そとみ)とが適ったものは中々無いので、こういう良い作品が増えて欲しいと思います。
さて、外見の次は中身の話です。
舞台は6年後の未来の日本、国家財政が破綻し、国際社会の中で孤立しています。
まあ、日本の現状から考えうる最悪のシナリオでしょう。
年金問題とか国の財政状況などを語る、いわゆる“悲観的なアナリスト”の評をまとめると大体こういう姿になると思います。
最悪すぎてこのような状況に陥る可能性はかなり低いでしょう。
しかし、可能性は低くても有り得る未来ならば小説に語る価値は高いと思います。
小説とは常に極端な例を仮定し、その中から何か一般的な、普遍的な価値を見出してもらおうとする意志の結晶だと思うからです。
経済や外交についてだけでなく、人の心についても作者一流の推測が示されていて非常に興味深いものでした。
悲観的シナリオをこれだけ詳細に活写する筆力はさすがだと感服しました。
詳細な描写といえば、銃火器を中心に、建築や行政問題、そして、破壊を志向する少数者の発生要因と思考の傾向について非常に丁寧な描写が見られました。
また、それらの描写を裏付けるために村上氏が参考にした文献・資料が巻末に示されています。
このように経済、社会、外交、軍事、行政、福祉・・・様々な分野の知識がこの小説には盛り込まれています。
なぜこれだけの情報を盛り込まねばならなかったのでしょうか?
村上氏は、読者に与条件としての社会的背景を鮮明に示し、様々な立場の人にそれぞれの考え方を語らせた上で、読者に問うているのでは無いでしょうか。
「こんな状況になったら、あなたなら、どう考え、行動しますか?」、と。
読者は、思考実験への参加を請われており、選択を求められているのです。
そしてその選択は、現実にも繋がっています。
この『半島に出よ』は最悪のケースの想定です。
最悪のケースを想定するために使った材料は、現在の日本に転がっています。
この小説は今の日本社会が目を背けがちな、致命的な課題に目を向けさせるために現れたように思えます。
日本の現状を見つめ、それから導き出される最悪のケースはこんな形で、だとしたら私はどう行動するだろうか?良い選択肢が思い浮かべられない。ならば最悪のケースを避けるためには今何をすべきなのか?
未来には、選択肢は少なく、自由もゆとりも無い。
だから、今を考えて、行動するんだ。
今ならまだ、選択肢は数多く残されていて、あなたは自由なのだから。
そう、ここには語られているように思います。
ちょっと情報過多気味なのが鼻に衝くかもしれませんが、読んでない方はぜひ読んでみて下さい。
特に福岡在住の方にはおススメします。