けくらえのいえ/夢日記

■071205.wed

峠を下って木々の連なりが途切れた所、一面の水田を覆う明るい緑色が瞳を染める。どうやらひさしぶりの人里らしい。

(宿を……)

私はそう思った。ひさしぶりに屋根のあるところで眠りたかった。人の姿を探してきょろきょろと辺りを見回しながら歩くが、その歩調の軽さが人の気配による安堵感に起因している事を自覚する。

そして、ほどなく畑仕事をしている村人を見出した。腰の曲がった後姿から判断するにおばあさんだろう。

「すみません。私は旅の者なのですが、このあたりで夜露をしのげる場所をお教えいただけないでしょうか?」

私はできるだけ柔らかく声をかけた。余所者に厳しい村はそう多くないが、礼儀の無い者にはどの村も手厳しい。その村人はゆっくりとふりかえり、ほっかむりを泥に汚れた手の甲で少し持ち上げてこちらを見た。果たして、しわの寄った丸顔のおばあさんだった。

「ほお、旅の人かえ。珍しい」

愛嬌のある笑顔だ。初めに声をかけた人がこういう人だったとは今日はまったくついていると思った。

「寝床か、ならマドイヤを使うといい」

おばあさんはそう言った。

「マドイヤ…ですか?」

聞いた事の無い言葉だったので虚心に聞き返す。

「ほうよ。旅人が自由に使ってよい家じゃ。ほれ、あそこに草に覆われた屋根が見えるじゃろう?」

確かにおばあさんが指差した家はわらぶき屋根がほとんど草に覆われている。

「はい。あれが…?」

「そうさぁ、あれがマドイヤ。ここらの村にはかならず一軒はあんな家があるでよ」

「空き家、ですか?」

「そうじゃ。ここしばらく旅の者などとんと来なんだからかなり荒れとるじゃろ。おまえさんはもう家に行って、夜までの仕度をしたほうがよかろうよ。村の者にはわしから話しとこう」

「ありがとうございます」

「なぁに、たまには人が使わんと荒れるばっかりじゃ。むしろ泊まるもんが来てくれるとありがたい」

「わかりました。恩返しに精々お手入れしていきます」

「うむ、まあ、気楽にな。では」

「はい、ありがとうございます」

そうしておばあさんと私は分かれた。

マドイヤに着いて見ると確かに家はくたびれてはいるが造りはしっかりしていてまだまだあばら家には程遠い状態であった。

「これほどの家が住む人もなく捨て置かれているのか……」

暗い疑問が胸の奥で頭をもたげたが首を振って追い払った。

「いや、一晩しのげるだけでもありがたいと思わねば。なにより、何かいわくがあるのならばむしろそれが私の仕事ではないか」

私は各地の伝承を集めている。伝承を実体験できるのはむしろ望むところであるはずだ。

そうして私は夕方までに裏山から薪を集め山菜やきのこを摘み帰り、最後に恩返しのつもりで簡単に屋根の手入れをした。

日が暮れて囲炉裏で鍋を啜った後、私はしばらくぼんやりと灰をくじっていた。

こうして心をからっぽにする時間は野宿の時間には持ちようが無い貴重なものだ。野山ではそれこそ眠っていても警戒を怠る事はできない。それは運が悪ければ死に繋がるものだ。

そう、私は無警戒な状態にあった。

そこにそれはやってきた。

私は背後の影が大きくなった気がした。見えたわけではない。そう感じたのだ。

そして次には背後の闇が大きく伸び上がって私に覆いかぶさった。私は振り返ったがそこには二つの皓々と輝く瞳と白い大きな歯があった。その歯は大きな笑みを形作っていた。

私は恐怖に声を上げようとしたが、それが却ってまずかった。私は大声を上げるために開けた大きな口にむずと何かを押し込まれたのだ。そしてそのまま押し倒される。

「むぐ!」

私の口は声ではなく呻きを漏らした。口の中に何か細くて長いものの塊が入っている。苦しくはないが気持ち悪い。何だ?何が起こっているんだ?活路を探して無闇に周囲の闇を探る目をその怪物が覗き込んだ。

「噛め。髪だ。噛め。髪を、噛め」

怪人はそう言って私の頭と顎とを両手で無理やり動かした。

(そうだ、この感触は確かに髪の毛だ……!)

私はそう思いながら口に詰め込まれた髪の毛を咀嚼した。もさもさして、噛み切れない。

だが怪物はせっかちにも顎をこじ開けて次の髪の毛の塊を押し込んでくる。

「さあ、け。け。けだ。け。ひぇっ」

怪物は楽しそうに甲高く笑う。私は髪の毛を飲み込まなければならなかった。そうして次々と私は髪の毛を食わされたのだ。

だんだんとのどが渇いてきて、髪の毛のぱさぱさした硬さが我慢ならなくなってくる。

これは一体いつ終わるのか!?まさか夜明けまで!?

私は絶望感と恐怖に震えながら、ただ、自分ののどを通過して行く髪の毛の様子を何故か脳裏に思い浮かべていた。

□ □ □ 

なんか気持ち悪かった。

めっちゃのど乾いてたし、疲れてた。

マドイヤは夢の中ではマドイヤという呼び名ではなかったかもしれね。

マヨイガだったかもしれないし、もっと違うのだったかも。でも、たぶん、マで始まってた。

あと、怪物が「け」って言ってるのは「毛」だけど、方言で「食え」を「け」って言う所もあったから面白がってひらがなにしてみた。ひっかけてみたのです。

なんかそうやって茶化さないと気がすまないくらい気持ち悪かった。

とっぴんぱらりのぷう。