12月の路上に眠る/夢日記

■071125.sun

嗅覚が働けば顔をしかめるような悪臭を放っているだろう。

ぼろぼろのコートをまとって、髪も髭も伸ばし放題の汚い男が俺だ。

風呂に入ったのは何日前か?柱のある屋根の下で眠ったのは何ヶ月前か?

どちらも憶えちゃいない。

同じように時間を潰して、誰にでもできるクソ詰まらない仕事をやって、そしてまた眠る。

そんな日々。

だが、俺はそんな生活の中にも希望をこのコートのポケットに抱えている。

あと十数万で百万に届く。左胸の札束にコートの上からそっと触れた。

これが貯まれば俺はこの生活から脱け出す!

それが俺の希望だった。

だが、まだしばらくはこの生活を続けねばならない。

今日の仕事の時間まではまだ余裕がある。

そこらの道端で仮眠を取ってから行く事にしよう。

半分近くのシャッターが下りた商店街を彷徨する。

俺は視点を宙にさ迷わせ、川面を流されてゆく小枝のように通行人たちの冷たい視線の中を泳いでゆく。

商店街の端、裏町に入る路地近くにシャッターの下りた商店の前に自転車が列を成しているのを見つけた。ここがいいだろう。自転車の列がバリケードになって厄介者に近づく奇特な人間を遮ってくれることを期待し、なるべく自分がごみの塊に見えるように装いつつ寝床をこしらえる。

横になってから寝入るまでに時間は必要なかった。どんな硬い床でも眠ることは体力を温存する意味でこの生活で必須のスキルだ。

一時間くらいは寝た、と起きた時に判断した。

だが、仕事の時間まであと一時間ある。できれば全て睡眠に費やしたいが―しかし、俺が目覚める原因となったものが、それを許しそうに無かった。

商店街中にがなり声を響かせて盛んに威嚇しながら、チンピラが子分を従えてこちらに歩いてくる。全く、こんな連中に大事な休眠を阻害されるとは不愉快なことだ。

だが、問題を積極的に解決する事でエネルギーを浪費するわけにはいかない。俺は身じろぎもせず、寝転んだまま奴らが俺に気付かずに通り過ぎてくれることを祈った。

しかし、不信心者の祈りは届かなかったようだ。子分が余計な目ざとさを発揮して、俺に興味を抱きやがった。

昨今のチンピラは性質が悪い。

この絶望的なまでの不況は上の世代のせいであり、上の世代の努力で解決すべき問題だと突っぱね、そして、自分たちは萎縮する大人たちに対してひたすら利己的に独善的に義賊を称した強盗行為を働くのだ。

それに対して、崩壊した警察機構に代わって自警団がこれまた善意ある若者たちによって組織されていたが、時代を暴力が支配している状況に変化をもたらすには至っていなかった。

そんな連中に目をつけられた俺は、しかたなくゆらりと立ち上がった。

無駄な体力は使いたくない。となると選択肢は逃げるの一手に尽きる。

しかし、奴等もバカではなかった。長身の親分を中心として扇型の陣形で俺を半包囲する。後背は壁、前方には自転車のバリケードがあったが―今親分野郎になぎ倒された。

それでも俺は身構えはしない。できるなら、歩法で惑わせてすり抜けたいと考えた。

それには流れに身を任せることだ。敵の右拳が襲ってくるのならば、左に流れる。流れて、離れる。しかし、予想外だったのは自分の筋力だった。イメージでは子分の前で一回転してその打撃を回転防御でかわしてすり抜けるつもりだったものが、足がもつれて半回転にしかならず、その子分にぶつかってしまった。そして、流れが止まった。

一度止まった流れを取り戻す前に、親分の強烈な後ろ回し蹴りが飛んでくる。流れはまだ沢ほども無く、受け流すこともできずに首元に打撃を受ける。頭が揺れてまともな行動が出来なくなる。

こうなっては後は亀になって打撃をやり過ごすほうが利口だ。俺は潔く丸まり、甘んじてリンチを受けた。

幸い、硬い地面で寝慣れていたせいか、寒さで感覚が鈍っていたのか、痛みはそんなに感じなかった。

目覚めると仕事の時間が近づいていた。

胸元を確かめると札束は変わらずそこに入っていた。これさえあれば体がどうなろうと問題ない。

それにしても、さっきの歩法の鈍りはまずかった。

確かに鍛錬を怠って久しい。このようなことが続くようでは仕事もままならなくなる恐れがある。自衛のために軽く調整はしておくべきだろうと考えを改めた。

そして商店街を流れるように歩く。

重心の高さを変えずに、力のロスを無くし、水のように流れ行く。

舞踊に通じる武道の精髄の一つである。

一歩一歩に足の弱りを痛感する。こんなに苦労を感じる技術ではなかったはずだ。

最初は苦笑したが次第に昔を思い出して、柔らかな想いが湧き起こり、頬がほころんでいった。ああ、何と懐かしいステップか。

「お待ちを」

商店街を静かに過ぎる俺を女性が呼びとめた。

「あなたは何か踊りをやっていらっしゃるので!?私にもなにかコツをお教え下さい!」

きれいなドレスを着たお嬢さんはそう言った。

俺は言った。

「流されているだけですよ。ただそれだけ」

□ □ □ 

俺って汚れてるものな。