貫井徳郎『鬼流殺生祭』講談社文庫/読書感想

維新直後、明詞時代を舞台として、婚礼を控えた武家の青年が殺害され、被害者の友人が遺族から事件の解決を依頼されるが――というお話。

トリックというほどのものもなく、ただ、動機だけは不思議だったけれど――結末としては、まあ、そうだよなぁと。

明治時代ということで、歴史上著名な人々が有名になる前の姿で出てくるのですが、そこは作者註など入れずに何かもっと別な形で示せなかったかなぁ。たとえば……猫のくだりで「我輩は箱入り猫である。生死は定かでない」とか……うまくないパロディに堕してしまうか。ま、作者註でもいいのかもしれない。

以下ネタバレして愚痴。

まあ、まず霧生家が隠れキリシタンだったという事実ですが――なんかもっと僕は邪教的というか悪魔教的なこう身内でも生贄に捧げるぜみたいな、そういうのを過剰に期待していたので、「なーんだ」ってなってしまった。必死に隠すのはよくわかったが、ちょっとがっかりした。でもそれは明らかに俺の趣味が悪いのだけど。

しかし、そういう考えがあったからこそかもしれないけど、「蝶が犯人かな」という考えはずっとあった。それにしても「美人の婚約者が一番怪しい」だなんてあんまりにも普通だなぁ、と思いながら別に犯人がいるんじゃないかと構えておりました。正直、カツが吸血鬼で実はまだ生きていてもいいぐらいの広い気持ちで読んでいたのに、一番ふつーな所に着地して(´・ω・`)。

家族での偽証についても、『オリエント急行』で通り過ぎてるし、想定の範囲内

偽証するメリットがないという情況が示されればもっとそっちの推理がきわどく感じられたのだけど、それもなかった。

切腹の偽装やら自殺を隠したりとか、なんだかどっかで見たことあるような感じになってきて、まずい、ここからひねって悪魔崇拝に到達するんだ!とか念じてた。

結局、史郎の死は本筋と関係ないし。

唯清は蝶の依頼で殺しまわったとしても良かったのに。そしたら半陰陽を見て逃げたって展開がありえたと思う。ま、それもベタなのだけど。

とにかく、動機を持っている人間が少なすぎた。

カツ刀自が死んで後継者争いがあるでもなく、なんか地味な人ばっかりだし、途中で武知さんが文章中から消えちゃって期待した内部情報がぜんぜんでなくなるし、警察が未成熟だから条件を限定できないし、家族ということで嘘で犯人を庇われているのは確定だから、動機から探るしかないんですよね、結局。

で、他の登場人物との接触が少ないし、当主は死ぬしで疑惑は許嫁に集中する。

唯清以外に怪しげな人物がもう一人いれば、もっとこんがらがってミステリとしては良かったのではないだろうか?唯清逮捕と同時に新たに殺人が起きればなお良い。屋敷に火を放ってもいいしね。そんなに恨めしいなら自分で焼き尽くしてしまえばよかったのにね。

ここまでくると「半陰陽だから以後は男として当主に」ってのは蛇足にすぎなくなってしまっていた。それはギャグで言っているのか?みたいな感じでございました。近親婚の果てってことでそれも意識の内にあったから、性別トリックは警戒していた。トリックに絡むのならともかく、まったく絡まなかったからなぁ。

美女についてるってのは性倒錯的ロマンなのかもしれないけれど、おりもので卵巣が働いているか精巣が働いているかは分かると思うのだよね――下血するなら女性で、射精するなら男性って具合に。それは、外性器が両方とも完全に出来上がっていても、どちらかしか機能しないか、あるいはどちらも機能しないかだと思うので、いくら医学的知識がなくても第二次性徴の年頃には生理からどちらの性別かが理解できると思う。いや、俺も医学的知識があるわけじゃないから、推測だけど。

何より、女性のままでも養子縁組で家督は維持できるじゃないか。実際子が生めようと埋めなかろうと、薄くても血脈がつながっているところからつれてくることはある話だ。もちろん、これが江戸時代なら主流でない武家が藩財政の困窮からさっくりおとりつぶしになるわけだけど、霧生家はかなりの名家だそうだしそれもありえない。遠縁とはいえ、籐十郎のような存在もいるのだし、武知、田村、井辻と、同じ隠れキリシタンにも事欠かないようだし、なんか、そりゃないぜ。

と思った。

試みとしては、明治ミステリ、江戸ミステリは面白いと思うので、次に期待したいなぁ。

俺、偉そうだね(苦)