キューピッド返上/夢日記

■070111.thr-1■

緑深く、水黒き山奥。

清冽な小川の流れに脚を浸していると狭い山道を黒塗りの車が登ってきた。

あまりに場違いなそれは僕の手前で停車した。

運転席から白髪の紳士が、助手席からブレザーを着た少年が降りてきた。

白髪の紳士が口を開く「道をお尋ねしたいのですが…」

紳士が発言を終わる前に、少年が駆けより僕に話し掛ける。

「君は何をしているんだ?」

僕は少し意表を衝かれてうろたえながら「川遊び…かな」と答えた。

「何が面白いんだ?」

少年は畳み掛ける。僕は返事に窮して、実際に見てもらった方が早いと考えた。返答をしないままズボンの裾がずり落ちないことを確かめ、川に入る。

岩が折り重なって瀬となっているあたりに近付き、岩の下の隙間に手を近づける。すると、岩陰から滑るように紺色の魚が踊り出た。あまり山間の小河川には棲めそうにないチョウチョウオのような姿をしている。しかし、その透明な色合いと質感はガラス細工を思わせ、見ている者は自然の造形の神秘への想いを引き起こされずにはいられないだろう。

「この魚を見ているのか。確かに、見ているだけで楽しいな」

横柄な少年の口調にやや閉口しながら、僕は無言でうなずく。

沈黙の中に瀬を越えて落ちる水音だけが響く。

ほどよい長さで沈黙を破ったのは初老の紳士だった。少年の口ぶり、身なり、そして黒塗りの高級車から察するに違わず彼は執事なのであろう。口を出すタイミングは正に一流のみが成せる絶妙さであった。

「おぼっちゃま、この方に道をお尋ねしましょう」

すっかり座り込んで水中を覗き込んでいた少年が、飛び上がるようにして再び立ち上がる。

「そうだった!ねえ!この近くに来週発売のゲームソフトを買える店があると聞いてやってきたのだが、知らないか?」

無邪気だが、小憎たらしい口調である。むかっ腹が立たないではないが、しかしそれより先に問われたことの答えが口からこぼれる辺り、お人好しが過ぎるのかもしれない。

「ゲーム屋ね…確かにこの辺にある……けど……とにかく、すぐそこだし、歩いてついてきな」

思い当たる節はあるが、どうにもそれがそのものズバリかどうかは行って見なけりゃわからない。僕は川から上がって歩き出す。その後ろを老紳士と少年が付いてくる。

木杭で造った階段を登る。見上げた先に森が開けているのは見えるが、そこに何があるかは見えてこない。湿り気を帯びた濃密な森の空気の中で見上げる初夏の空はまぶしすぎるくらい青く輝いている。

階段を登りきるとそこは自動車専用道が通っていた。そしてその脇におもちゃ屋が建っている。

「普通、ここへはこの道路から来るんだ。それから……」

僕は言いながら店内へと入る。

「店長、来週発売のソフトが欲しいらしいんだけど……」

「来週?まだ来てないよ」

「……ですよね」

背後にすごい暗くて重い空気が流れているのを感じる。

□ □ □ 

別天地表裏一体。

今日はもう一本

■070111.thr-2■

「こんな置手紙が……!」

そいつが一枚のメモ用紙を握り締めてドアの向こうに立っていた。

彼女の字で「ごめんなさい サヨナラ」とだけ書いてあった。

「俺んトコなんか寄ってる場合か!行くぞ!」

「行くぞって言ってもどこへ!?」

「知るか!とりあえずバスセンターだろ!」

ジャンバーを羽織って走り出す。

停留所から出発しそうなバスを手を振って呼び止め、二人で飛び乗る。

「一刻も早く、バスセンターへ」

運転手に事情を話し、目一杯飛ばしてもらう。

ここのバスセンターはいつも寂しい。

アスファルトの路面で乾いた涙が染み込んだような、湿っぽい空気が漂っている。

ベージュ色のコートを着て彼女は立っていた。

白い息が灰色の風景に妙に映えて見えた。

僕は走るペースを落とし、後ろから来るヤツに追い抜かれるに任せた。

僕を追い抜く時、そいつは大きな声で彼女の名を呼んだ。

彼女が振り返り、彼が飛びつくように彼女を力強く抱きしめる。

勢いあまって二人がくるくると回り、彼女は眉をしかめながら、それでも嬉しそうに笑う。

ああ、ハッピーエンドだ。

…ってちょっと待った!

この彼女って、俺が片想い中の女の子じゃないか!

ハッピーエンド待った!

□ □ □ 

「おおっと!ちょっと待ったコールだ!」(懐かしいなぁ)

全く…夢の展開って予想外だよね。

それにしても僕の深層心理はひねくれてるわ。