古い記憶/daily

いつから僕は僕だっただろうか?

それはつまり記憶の連続を問うている。

考え方なら常に変わり続けているから、それは変化する部分だ。

純粋に僕が僕として積み重ねているものは、記憶でしか無い。

少しずつ、一つ一つが細い連想の糸で繋がった記憶を手繰り寄せ、過去へと遡ってみる。

記憶を純粋なまま引き出すのは難しい。

不用意に思い返そうとすると、写真や父母の語る物語に焼き直された記憶に騙される。

その記憶の信憑性を疑いながら、思いを辿る。

幼稚園の一番古い記憶から辿り始める。

最初に浮かぶのは、真っ暗な倉庫に閉じ込められた記憶。

そこは、遊び場の奥まった所に作られた場所で、幼稚園児が辛うじて抱えられるくらいの大きさの柔らかなブロックを、たくさん積み上げて秘密基地遊びをしていた。僕はその秘密基地の内側に隠れ、そして外側にはブロックがいっぱいに積まれて、そこは真っ暗になった。閉じ込められたのか、閉じ込めるように頼んだのかは憶えが無い。ただ、真っ暗闇の中に僕が居て、僕はそこから自分で出ようとしなかった。

これが幼稚園の年少組の頃の記憶。

そこから手繰ると、幼稚園に入る日の事が思い出される。

母に手を引かれて幼稚園の入園式に行く時の記憶だ。

僕は初めてそんな遠くに行くので、不安になって左手は母の手をしっかり握っていた。

途中で見るもの全てが初めてで僕はあちこち余所見をしながら歩いていた。

幼稚園が見えた頃、道端に見慣れない、凄く細い葉っぱの草があった。

僕は珍しくてそれに手を伸ばして右手で掴んでみた。

すると、葉の縁のぎざぎざで僕は手を切ってしまい、血が出て、泣いた。

母が血を拭いて、僕を慰めた。僕は泣き止んだ。

入園式の様子は憶えていないけれど、そのことはよく憶えている。

そういえば、入園式の前に幼稚園の制服を初めて着た時を思い出した。

なんだかよくわからないままに着せられた白い上着と紺色のズボン。

僕を褒める母。服ではなくて、母に褒められた事が嬉しかった僕。

これが一番古い記憶だろうか。

もっと、もっと古い記憶は―。

これ以上遡ると、記憶は連続性を失い始める。

もっと情報が少ない記憶。

関連付けられていない、とてもシンプルな記憶。

もうほとんど連続していない、瞬間の信号。

一つは、クレヨンでノートに絵を描いていた時、ふと見上げた先の窓の外の窓の光。あのアパート。畳の上。

もう一つは、「弟」という言葉と「お兄ちゃん」という言葉。白い何か(産着か病院の壁かは解らない。ただ、白い)と、母と父の存在感。

これらに僕の形の記憶は無い。

右手が、見えるような気がするが、像は結ばない。

自己とは、実在の次は右手から認識されるものなのかも知れない。

これ以上は遡れない。

古い、古い記憶。

僕の一番底の方にある、基礎となる記憶。