夢日記060321

■Mar.21.tue■

サントリーのウーロン茶が、またi-podプレゼントのキャンペーンをしている。「どうせ当たりゃしないんだ」、そう思いつつも、やっぱり集めてしまうんだなぁ、これが。

ところで、僕はゴミ箱の前で思案している。

キャンペーンのポイントシールが付いたまま捨てられているペットボトルを見つけたからだ。幸い霧が出ているし、こんな夜中に学内をうろついている人はいないだろう…。

(よし。なんだか意地汚いけど回収しよう)

結局、そう決意した。僕は小市民だ。

シールが付いたままのボトルは2つある。ゴミ箱に手を突っ込んで、その2つを取り出してシールを手早く回収する。

「おい、お前」

不意に後ろから声を掛けられた。

びっくりすると同時に、割と冷静に、持っていたペットボトル(シール回収済み)をゴミ箱に投げ捨てた。

「おい、お前。ひまそうだな」

声を掛けてきたのは背の高い男だった。黒い服を着た上からでも判る筋肉質のがっちりとした身体、短い髪と鋭い双眸の男。挙動や目配り、片側だけ釣り上がった口角、全ての動きにガラの悪さを感じる。悪漢―瞬時に判断した。その悪漢は言う。

「ウーロン茶のシールあるだろう…」

そこまで聞いた時点で、見られたかっ、と焦りが走った。

「あれをまとめ買いするからお前も手伝え」

カツアゲよりはマシだが、こんな奴と関わりを持つ事になるのはゴメンだ。とっとと退散しよう。

「その辺のゴミ箱に落ちてるのを拾えばいい」

僕はそう言いながらそいつから背を向けた。

「おい!お前!」

そう言ってそいつがこちらに駆け寄る音がした。振り返るとそいつは無造作にこちらに手を伸ばしている。僕はその手の下をくぐり抜けてすれ違い、それまでと反対方向に全速力で駆け出した。実は、自転車を置いていたのはこちらの方向だ。

相手は一瞬呆気にとられたが、すぐに追いかけてきた。この程度のリードでは心もとないが、とにかくやるしかない。僕は走りながら自転車を掴んだ。十分に加速が付いてから飛び乗り、全力で漕ぎ出す。

ちらっと振り返るとすぐ後ろに奴は迫ってきていた。全力で漕ぐ。

霧はどんどん深くなっていく。レンガ造りの両サイドの建物はおろか、道路の石畳すら見えなくなりそうだ。ここは日本ではない。霧の街、ロンドン。

一つ…二つ…ストリートを過ぎる。しかし、全力で漕いでいるのに、後ろの男を振り切れない。付いて来ている。なんて足の速い男だ。

このままではドミトリィまで付いて来てしまうかもしれない。それではまずい…。

ちらりと今思いついた策を反芻した。霧で湿った石畳が滑らないか心配だ。しかし、やるしかないという結論に達した。

次の角を右折。そして曲がった瞬間に大きく弧を描いて道路の反対側へまっすぐに向かった。あちらも角に近い側を曲がるはず。そうすると反対側に逃げた僕の姿は、この霧では絶対に見えないハズだ。滑ってこけるのだけが心配だったが、無事に反対側の建物のそばに停車する。

僕からも相手の姿は見えない。ただ、足音が通り過ぎるのを待つ。

足音はすぐに通りすぎて行った。しかし、まだ安心はできない。奴が戻ってくる可能性があるからだ。

ドミトリィへ向けて、僕はそろりと自転車に跨って静かに漕ぎ出した。

ほどなくドミトリィに帰り着いた。

古めかしい古城のようなその寮は、常ならず奇妙に静まり返っている。

夕食を逃したのは間違いないが、この静けさは一体なんだろうか。不思議に思いながら扉を開けて中に入ろうとした。

すると、背後で大声を出す者がいる。

「見つけたー!」

声で判った。さっきの奴だ。

後ろも見ずにドアを勢い良く締め、傍の階段を駆け上がる。

走りながら不思議に思う。妙だ、階段に紅い絨毯が敷いてある。篝火も多く、寮内が明るい。今日は何があったのだろう?だが疑問を確かめる暇は無い。

裏口は地下1階、地上1階はホール、そこから3階まで吹き抜けていて、4階から上が個人の部屋がある階層だ。一気に4階まで上がれればそれに越した事は無いが、追っ手があの化け物では分が悪い。まっすぐ逃げる事を諦めた僕は、2階で一旦廊下に出て、別の階段を使って3階に隠れる事を思いついた。最後の力で階段を駆け上がる。

3階には貴賓客用の特別席がある。そこに隠れるつもりだ。

ドアを開けて貴賓席に飛び込む。だがしかし、貴賓席には人が居た。いや、というよりも、宿泊していた。

貴賓席は広いし、立派な暖炉が設置されている。しかし、広いとはいえ天蓋付きのベッドを持ち込んで、そこで寝ているなんて初めて見た。しかし、そんな待遇も当然かと思われるような人物がそこに居た。

ふかふかの布団に埋もれるように小さな頭だけを出して眠る少女。プラチナブロンドのショートヘア、白磁のような肌、薄い唇、小さな口。その全体から漂う気品…少女とはいえ只者ではない。

その雰囲気に目線が吸い寄せられていて気付くのが遅れたが、脇に老紳士が控えていた。闖入者の僕を冷厳と見据えながら静かに僕とベッドの間に立った。そして一言、「何用」。

疑問ではない。有無を言わせぬ雰囲気。うっ、と息が詰まる。

しかし、室内の剣呑な空気を感知したのか、少女が目を覚ました。ベッドの中で上体を起こして、のびをする。

「んん…。何事です?そちらはどなた?」

顔が小さいので少女かと思ったが、背が高い。僕と同じくらいだ。それに、その円らな瞳に宿る光は、少女どころではない大いなる知性を感じさせる。

「どうやら学生のようですが…。済みません、お嬢様。すぐに出て行かせますので。」

そう言って執事らしき男がこちらを見た。その眼の鋭さは筆舌に尽くしがたいものがあった。

僕としても、ここが女性の寝室であると知れば長居するつもりはさらさら無い。すぐさま踵を返して出て行こうとしたが、そんな僕の耳に怒鳴り声が聞こえて来た。

「おい!どこだ、ガキ!出て来い!」

その声に、思わずびくっと肩に力が入ってしまう。しかしすぐに小心な所を他人に、それも上流そうな人々に見せてしまった事を恥じて、照れ笑いを二人に見せる。

しかし、二人は共に顔を固くしてこちらを見ている。それは意外なものを見るかのような目だった。

「あの御仁に追われているのね」そう言った彼女は苦いものを噛んだような顔をしている。

数秒苦い顔のまま俯いて、再び顔を上げた時、彼女は力強い目でこう言った。

「いいわ。そこのクローゼットに隠れて」そしてベッドの向こうのカーテンを指し示した。

僕は意外な展開にうろたえながらも、ぎこちなく頷いて指差された方向へ走り寄る。

カーテンを分けると、そこには50や100では利かない量の枕が山積みされていた。だがためらっている暇は無い。とにかくその枕の山によじ登る。

しばらくじっとしていると、追手の声がだんだんと近くなり、しばらく静かになった。お嬢様に気を使ったのだろう。そしてちょっと離れて再び声が聞こえるようになり、今度はだんだんと遠ざかって行った。完全に聞こえなくなって数秒してから、僕は安堵の溜息を吐き出した。

そして僕は枕の山から降り、カーテンから出た。お嬢様と執事がこちらを見ている。

「ありがとうございました」そう言って僕は頭を下げた。その頭の上で、ふうっ、という溜息が放たれた。

僕が顔を上げると、二人は眉根を寄せて疲れた顔をしている。僕はなんと言ったらいいかわからずに立ち尽くす。

三人して困惑した顔をしている中、お嬢様が口を開いた。

「あなたも大変な人に追いかけられたものね」

その表情には同情が見て取れる。どうやら彼女もあいつを知っていて、そして困らされているようだ。

そんな観察をしていると、一拍の間をおいて彼女が再び口を開いた。

「とりあえず今夜を逃げ切れば大丈夫でしょう。それでは、おやすみなさい」

そう言った彼女は伸びをしてベッドに横になった。堂々としたその立ち居振る舞い。やっぱり只者じゃないな。

僕は彼女と執事にもう一度感謝の言葉を告げ、慎重に辺りを見回しながら部屋を出た。

誰もいない。静かだ。

僕はそれでも足音を忍ばせて歩く。ただし、ナンバで歩幅を最大にして、だ。(ナンバ:右手と右足が同時に出る古い歩き方ね)

再び1階に戻った。上へ向かって探す追っ手がいるのだから上には行けない。

1階のホールから吹き抜けているのは、そこでの催し物を大勢で見るためだ。フェンシングとか、舞踏会とか、そういうものを。

当然、パーティーもやる。なので1階にはキッチンがある。僕はそこに近付いていった。腹ごなしも、兼ねるつもりである。

と、キッチンで立ち働く女の子たちの声が聞こえてきた。

まさか騒ぎにはなるまいが、一応警戒して歩く速度を落とし、そっと入り口に近付く。どうやら、貴賓席にお泊りのゲストの噂話らしい。

「明日なんでしょう?その儀式って」

「そう。だから、あんなトコに泊まってるのよ」

「ふ~ん。泊まるんだったら部屋に泊まればいいのに」

「それが、あそこに泊まるのも儀式の一環なんだってさ」

「へ~え。そうなんだ」

そんな事を言っている。

□ □ □

はい、長かったですね。

昨日が上海で、今日はロンドン。国外逃亡したいんですね。開放されたいのでしょう。

サントリーのキャンペーンの話が登場します。ちっぽけな幸せ追っ駆けてます。

そして追っ駆けられています。うん。それどころじゃないぞ、というわけですね。

そして、女の所に逃げ込みたいと。…では無くて、助けて欲しいのですかね。誰でも良いから。