吉本ばなな『キッチン』(角川文庫)/読了

私がこの世でいちばん好きな場所は/ 冒頭の一文の一部

簡単には見つからないけれど、それはこの世に結構たくさんある。

自分にぴったりとくる、好きな、安らぎの、場所。

場所、と言ってもそれは見出す人によって物や人にも存在しうる。

要は“心の置き所”なのです。

この物語の主人公・みかげの心の置き所はキッチンであり、表題の引用の後は、「台所だと思う。」と続いている。

それは明言されている。

しかし必要なのは台所だけではない。

物語が始まった時点で彼女が亡くしてしまっている祖母。

早くに両親を亡くした彼女にとって、それはきっと確かに彼女の居場所の一つだった筈だ。

育ての親とは、人が最初に持つ自分の居場所だからだ。

それを亡くした彼女は、台所の存在に気付く。

安心して眠れる場所、自分の居場所、心の置き所として。

けれど物語の序盤に台所で眠る彼女は、その場所が好きだと言いながらも微かに寂しさを帯びている。

彼女には台所だけでは癒されない、一人では癒されないもう一つの部分がある。

その部分にぴったり当てはまる場所、それはどこにあるのだろうか。

彼女は見つけられずに台所に居て、そこから物語は始まるのだ。

人の心には幾つもの側面があって、それぞれがそれぞれに居場所を求めている。

一つで済む人も居るだろう。

趣味だけでも駄目で、仕事だけでも駄目で、家族だけでも駄目、そんな人も居るだろう。

でも、絶対に居場所は必要なんだ。

「キッチン」はそういうお話だと思った。