夢日記アーカイブ050206

>ちょっと長いので続きを読むに格納します。

>タイムスリップ武士道モノでございます。

果たし状が届いた。

こちらの世界の義父は、行こうとする俺を止めようとする。

しかし、行かない訳にはいかなかった。

愛する妻が囚われているのだ。一時の猶予もない。

一面雪一色の山の中、羽織袴に二本を差して進む。

一歩一歩を確かめるようにゆっくりと、深深と降る雪を眺めながら。

それは捨て身の決心を冷たく踏み固めるための儀式のようだった。

山中の廃寺で、あいつは血に塗れた刀を持ったまま佇んでいた。

足元に横たわる女を見下ろしながら。

女の顔は既に白く冷え切っており、少し寄った眉に末期の苦しみが現れていたが、それでも、尚、彼女は美しかった。

怒りは無かった。

ただ、寂しく思った。

婚約者を裏切ってまで追った男に、結局は斬られてしまったかつての恋人。

姓を捨ててまで愛した女を、斬らねばならぬ程に追い詰められたかつての親友。

目の前のそれらに、ただ静かに哀れみと寂しさを感じるだけだった。

だがそれは、果たし状を受け取った時、雪山を歩いている時から感じている感情だった。

「斬ってしまったのか。」

とだけ私は言った。問い掛けではなく、自分に言い聞かせるために。

あいつは変わってしまったのだ、もはやこの世界では…かつて自分達がいた世界よりも平和なこちらの世界では、まともに生きていくことはできないのだ、と、自らに言い聞かせるために。

「ああ、斬ったさ。こちらの世界では何の役にも立たず、ただぐずぐずと泣くばかりだった。お前がこっちで見つけたこの女とはえらい違いだ。」

喋る男の顔は歪んでしまっていた。かつての面影は無かった。

その表情を見た瞬間、今度ははっきりと嫌悪が心に広がって、私は刀を抜き、奴に斬りかかった。

かつての親友の顔が、そのような表情を浮かべる事を、私は許せなかった。

刃を合わせ、睨み合う。互いに言葉はない。もう言葉は必要なかった。

私は彼より数段劣る。口を開く余裕も無い位必死だった。

彼は私を見下していた。彼は薄笑いを浮かべていた。少なくとも、私にはそう、見えた。

鍔迫り合いから押し切られると見せて、体を入れ替えて擦れ違った。

振り返って再び晴眼に構えるが、奴は既に目の前に殺到していた。

体ごとぶつけられたような衝撃を受けて私は吹き飛ばされ、強かに障子に体を打ちつけた。

「ぐ…。」

両手を突いて顔を上げた。眼前には冷え切った刃がだらりと垂れ下がって来ていた。切っ先から血が滴る。

「…向こうに行かないか?彼女にあまり酷なものは見せたくない。」

私はそう提案した。やはり勝機は欠片も無かった。この提案しかできる事はない。

「いいだろう。」

そう奴は答えた。

奴の殺気を受けながら、建具の向こう、仏前へと移動する。

荒れ寺には不釣合いな程に立派な阿弥陀如来像。

この前で死ぬのか、と思った瞬間、殺気が突如膨れ上がるのを感じた。

私と奴が修めた一刀流の奥儀に、相手の突きを交わしながら身を翻し、背中越しに直下に突きを浴びせるという秘剣がある。奴はこの場面でそれを使った。

常に無い反応で体を開いてその剣を交わした私は、手にしたままだった右手の剣を袈裟斬りに振り下ろした。

奴は束の間、揺らぎながらも太刀を返そうとしたが、既にその手に十分な力はなかった。

自らの死を悟った時、奴は再び笑みを浮かべた。最後まで、醜い邪な笑顔だった。そして倒れ、伏す。

私は白い息をほっと吐き出し、血に塗れた剣を放り出した。彼女の元へ駆け寄る。

眠っている彼女に取り敢えず外傷は見られないが、だからといって安心はできなかった。何より精神的なショックを受けていないか、それが一番気に掛かっていた。

「とにかく、病院へ…。」

彼女をそっと抱え上げ、立ち上がった。

刀も死体も、もう何もかもここに捨てて行こう。しかし…。

「彼女は無事よ。」

か細く声が聞こえた。

あの女はまだ生きていた。

「あいつはその娘には手を出す前だった。安心しなさい。」

「…。」

「これで良かったのかも知れない。私たちはこの時代でも生きていけなかった…。」

宙を見つめて一言一言をやっと重ねていく女の最後を、私は眠る今の恋人を抱いたまま見守っていた。

「貴方はその娘と生きたら良い。この時代を…生きていけるのなら…。」

そこまで言って事切れた彼女の死を確かめることなく、私はその廃寺を後にした。

雪はさらに降りしきり、雲は低く低く垂れ込めていた。

遠くに彼女の実家、病院が見える。赤い光を放っているのは警察の車両だろう。

私はこれからそこへ帰っていくのだ。

彼女と共に。

>時代物が好きなもので、ついこんな量に・・・。