ミス音読/話題

今日は日本語の話を。

昨日からホットな話題なのだけれど、日本語の音韻についての話。

実は…間違えて音読していたコトバランキング

「依存心」を“いそんしん”と読める人はもうずいぶん少ないだろうと思います。

僕は、昔の岩波文庫を読んでいた時に「依存」に“いそん”とルビが振られていたのを見て、辞書で引いて印刷ミスでないことを確認してから“いそん”から“いぞん”へと読みが変化していることを知りました。

清音が濁音に変化する現象を以前に言語学関係の書物で見たことがあったのですが…参考となりそうなサイトをググって見つけてきました。

<参考1>Wikipedia>「連濁」

<参考2>日本語の起源>「ティダ」の語源を探る>12.濁音化について

参考1はWikipediaによる一般的な意味での連濁についての説明です。

参考2は参考1中の連濁を阻止する条件の「右枝分かれ制約」および「意味による制約」に関連してより深い考察を行い、かつ、連濁に限らない濁音化一般について考察を行っています。

参考2において、濁音と清音の意味上の違いにおいて

清音-状態をあらわす

濁音-情態・汚さ・罵り・強調・繰り返し…など

ということで締めくくっており、僕もこの説におおむね同意見であります。

ただ、僕個人としてはとりわけ「濁音=強調」に注目すべきと思います。

何故繰り返すのかというと強調するためでしょう。

ただの状態を示さず情が篭って情態を示すのも話し手の心理が強調された結果でしょう。

汚さや罵倒の言葉はそれ自体が心理的に強調されがちなものです。

つまり、日本語は濁音に心理的強調を置く性質があり、それが負の印象に傾きがちであるのだと推察します。

(記憶に自身がありませんが、インドのある語では濁音は力強さとして好意的印象を持たれると聞いたことがあります。文化によって異なるのでしょう)

さて、冒頭の“いそん”から“いぞん”の変化についての話に戻ります。

僕が“いそん”というルビを振った「依存」に触れた書物は、専門への入門書としてかかれたものだったのですが、その中で「依存」という語は好意・悪意の無い純粋な相互関係を意味する文脈で用いられていました。

しかし、近年の多くの書物、つまり“いぞん”と読まれるようになって以降の書物では、「依存」は悪い意味での相互関係を意味する文脈でのみ見出されると思います(近年では好意的文脈では「依存」に替えて「依拠」などが多い…多分)。

これは当初は学問の世界などでしか使われていなかった「依存」が、一般化する際に意味上、一方的で不安定な関係性を指す文脈で使われることが多かったために、負の意味を強調する為に連濁が起こったものではないでしょうか?

このような音声的な変化はある程度過去の例が存在して、法則性が把握されています。

こういう変化は起こるべくして起きていて、それに対して抵抗する流れが生まれることも歴史的に繰り返されてきたことでしょう。

「依存心」に関して言えば、既に「依存」の読みは“いぞん”が多数ということで覆しがたくなっていますから、今後十数年かけて“いそんしん”も“いぞんしん”へと濁音化していくと理性的には推測します。

その変化と変化に対する抵抗は流行性を持つものが避け得ない必然であり、繰り返される話題なのです。だから、読めなくても多数は正義ってことです。

ただ、感傷的には「“いそんしん”の方が綺麗でいいなぁ」と思いますけど、これだけ綺麗な音だと否定的感情が漂う文脈では用い辛いですからね。やむないのかなぁ、と残念に思ったりはします。音感の美しさより意味が精確に伝わるほうが大事です。

…というような話を踏まえて、上から順に「何故間違えて読まれるか?」などを推測しながら、自分の言葉の勉強のためにも雑感を書き連ねようかと思います。

注意:“→(右矢印)”の右側に書いてあるのは個人的な推測です。

1 「依存心」 (○:いそんしん ×:いぞんしん)

→上記の通り、負のイメージの強調のため「依存」が連濁し、その派生語である「依存心」も影響されたと推測する。

2 「間髪をいれず」 (○:かんはつをいれず ×:かんぱつをいれず)

→リンク先の解説にある通り、文語では「間、髪を入れず」と「間」と「髪」に間が開いていたものが、口語として使用される中で「間」と「髪」の間が意識されなくなり、連濁が起きたと推測する。

3 「徒となる」 (○:あだとなる ×:ととなる、いたずらとなる)

→いずれにせよ、異なる読み方に影響された間違いと推測する。

4 「野に下る」 (○:やにくだる ×:のにくだる)

漢籍が読まれなくなり、漢語読みが一般的でなくなったための誤りと推測する。同様に「在野の人材」なども誤って読まれている時があります。言葉としてキレが悪いと思うのだけれど、どうなんでしょう?

5 幕間 (○:まくあい ×:まくま)

→こちらは「野に下る」とは逆にあまり使われない和語の読みが忘れられ、音読み化したと推測する。

同様の例に「谷間(たにあい)」があるが「谷間(たにま)」との意味の違いはあまり意識されないので完全に同化してしまっているようだ…前者は「谷と谷に挟まれた土地」で「谷と谷との間」というくらいの意味の違いは重要だと思うのですが…

6 異にする (○:ことにする ×:いにする)

→別の読み、特に「異を唱える」の影響が大きいと推測する。また、“こと”の読みが「異なる」くらいしか見ないことも影響しているでしょう。

7 市井 (○:しせい ×:いちい、しい)

→「井(せい)」の読みを見ることが少ないため、読みにくいと思われる。「油井(ゆせい)」や「井田(せいでん)」など“せい”の読みの語はそもそも使用頻度が低い…。

8 あり得る (○:ありうる ×:ありえる)

→「ありえない」という否定の用法の方が使用頻度が多いために、肯定の用法の読みが影響されたと推測する。が、そもそも「得る(うる)」が「得る(える)」を文語的にしただけなので、完全な誤りではないのではないでしょうか…?「得る(うる)」単独では変換できないですしね…

9 御来迎 (○:ごらいごう ×:ごらいこう?)

→初めて目にしたが、「来迎会(らいごうえ)」を知っていたので読めた。「御来光」との混同で間違うのだろう…と推測するが、仏教用語から日の出へ転用したものの様なので、そもそも「日の出=御来迎」の起源が「御来光」にある可能性があるのでは…?

10 河川敷 (○:かせんしき ×:かせんじき)

→連濁したものが一般化したと推測される。土木の専門家でもほとんど濁音です。

11 祝詞 (○:のりと ×:しゅくじ、しゅうし)

→「祝辞」との混同と推測する。「祝言(しゅうげん)」の影響も受けているのだろう。結婚式くらいでしか触れる機会が無くなったせいもあるのだろう。

12 詐取 (○:さしゅ ×:さくしゅ)

→「搾取」と混同した読みと推測する。「詐って(いつわって)取る」のと「搾り(しぼり)取る」のとでは意味がかなり違うのだが…。「偽る」と「詐る」の違いは、「身分や人に嘘がある」か「言葉に嘘がある」かの違い。個人的には「謀る(たばかる)」や「欺く(あざむく)」などと混乱する時がある…

13 猛者 (○:もさ ×:もうじゃ)

→他にも“もうしゃ”とか間違っている人はいるかもしれないが、個人的に聞いたことがあるのは“もうじゃ”。「亡者」との混同だった。“もうしゃ”から変化して“もさ”になったのだと思うので、先祖還り的間違いかもしれない。

14 重複 (○:ちょうふく ×:じゅうふく)

→これも音読みがかなり一般化している誤り。さすがにこれはかなり広まっているから、好きなように読んだらいいんじゃないのかなぁ?前者は耳あたりが柔らかく、後者は詰問調だと思う。

15 凡例 (○:はんれい ×:ぼんれい)

→「範例」と混同を避けるために「“ぼんれい”の方ね」と言っている人に出会ったことがあります。多分それが却って一般化してしまったのだろうと推測する。

16 諸刃の剣 (○:もろはのつるぎ ×:もろはのけん)

→「ドラゴンクエスト」をやった人は間違えないはず。「つるぎ」が元来「両刃の刀剣」を指すので「つるぎには両方に刃が付いている」ということを改めて指摘して強調している表現なのかな?

「剣(けん)」は字義的に両刃を意味するのだが、近年は片刃も含む意味で通っているのでそれで間違われていると推測する。

「つるぎ」は「吊る+き(尖った物)」が連濁したもの(「き(尖った物)」は例えば「先=さ+き」とか)。「刀(かたな)」は「片(かた)+な(刃物全般…cf.なた、ちょうな)」です。

17 黙示録 (○:もくしろく ×:もくじろく)

→「指示」など「示」を“じ”と読む例が多いことで間違われていると推測する。あまり耳にする事は無いが、連濁し始めているということだろうか?

18 女王 (○:じょおう ×:じょうおう)

→これが一番理解に苦しむのだが、それにしては結構多い読み間違え。「女」を“じょう”と読むような熟語は無く、聴き間違えてかあるいはこのような音読を行う地域が存在するかのどちらかだと推測する。女性を「じょうちゃん」と呼ぶ地域は多いので、それに「嬢」ではなく「女」を充てることがあるのかもしれない…それにしても不思議な誤読であると思う。

19 既出 (○:きしゅつ ×:がいしゅつ)

→「ふんいき」に次いで「2ちゃんねる」界隈で出てくる「何故か変換できない単語(笑)」となっています。「概要」「概念」「概略」「梗概」など、「概(がい)」に触れる機会が多いために混同されるのだろう。

20 建立 (○:こんりゅう ×:けんりつ、たてりつ)

→…これは難しい読みだよなぁ…「建(こん)」は呉音みたいです。「立(りゅう)」の読みは「粒子」「竜」の読みとも関係してますが、これも少ない読みですしね…でも、仏教建築系にしか使わないし、お寺参りするときに憶えればいいだけのような気がしないでもない。

21 祝言 (○:しゅうげん ×:しゅくげん)

→「祝詞」の項で触れたのにこちらも読めませんか…これもある意味で先祖還りで、「く」の音が軟化して「う」の音になるという日本語である時期に見られた変化です(すいません。ここまで長くて参考サイトを検索する気力がありませんm(_ _;)m)。

22 巣窟 (○:そうくつ ×:すくつ)

→これも「営巣」や「卵巣」でしか見ない「巣(そう)」の読みではなく、よりシンプルで目にしやすい「巣(す)」の音に引っ張られた誤読ですね。「窟(くつ)」の方が字面としては難しいですが「屈」の字を含み、かつ、“くつ”という音が共通しているので誤読しにくいという誤読の奥深さが垣間見られる一語ですね。

23 一段落 (○:いちだんらく ×:ひとだんらく)

→個人的には“ひとだんらく”という読みの方が柔らかくて好きです。いかにも「一段落着いた~」って感じがします。…ダメですかね?「段落」が漢語であるので「いち、に」で数えるのが正しいんでしょうね。

24 茨城 (○:いばらき ×:いばらぎ)

→多分…これは連濁したものを濁る音を嫌って清音にした可能性があると思います。地名や人名と言うのは「好字」の例などに見られるように結構…験を担ぐと言うか、見得の部分がありますので、実際の発音とずれがある場合はあると思いますけどね…「いばらぎ」の方が発音しやすいし、「いばらき」と発音しても濁って聞こえる場合があると思います。

25 柔和 (○:にゅうわ ×:じゅうわ)

→「柔道」「柔軟」など「柔(じゅう)」の音が多いのですが、記憶が確かならば明治以前は「柔(にゅう)」の音が一般的だったということだったと思います。「祝言」の「く→う」の変化と同じで、軟化しているのですが…京言葉の特徴だっけか…?宿題ですな…

26 警鐘 (○:けいしょう ×:けいかね?、けいどう?、けいとう?)

→これは習うまでは難読のままと思います。あとは「半鐘」「鐘楼」「鐘声」くらいしかないですが、これらに出会う頻度は「警鐘」よりよっぽど下ですから…「童」が含まれる字には“どう”あるいは“しょう”または“とう”の音が当たりますから、それを知っていれば…とは言え三分の一か。

27 月極 (○:つきぎめ ×:げっきょく)

→有名すぎる。「極める」がもう関節技ぐらいにしか使わないから、語感に馴染みが持てないですよね…。

28 順風満帆 (○:じゅんぷうまんぱん ×:じゅんぷうまんほ、じゅんぷうまんぽ)

→面白いのは「帆」は“ほ”という読みばかりで“ぽ”なんてめったに耳にしないのに、少なからぬ人が自然に連濁して“まんぽ”と発音する所です。

29 遂行 (○:すいこう ×:ついこう、ずいこう)

→字面が似ているせいか「墜落」に影響されて“つい”と読む場合と何故かいきなり“ずい”と読む人が多いです。「隧道」を知っているのだろうか…と思うと、そうでもない。なぜ濁るんだろう…?

30 責任転嫁 (○:せきにんてんか ×:せきにんてんよめ)

→「嫁する」とかいう動詞は使わないからなぁ。でも、責任転嫁しがちな人の多さに比べて読める人が少なすぎる気がします。不思議。

…ところで、「字面(じづら)」も結構読み間違っている人は多そうなのですが…入ってませんね?