浅倉卓弥『四日間の奇跡』宝島社文庫

「第1回『このミステリーがすごい!』大賞」受賞作。

ずっと以前、僕は「このミス」って新人賞だと思ってなかったわけですよ。

なぜかといえば主因は、海堂尊を『死因不明社会』で知ってから、「このミス」受賞作の『チームバチスタの栄光』を知ったからなんだけど。「ん?『死因不明社会』の人が作家デビューしたのか?」ってな具合に。まあ、その順番も、『バチスタ』が2006年で『死因不明社会』が2007年だからその誤解も誤解なんだけど。

しょっぱなから脱線しまくりなわけですが、この『四日間の奇跡』はその「このミス」の最初の受賞作です。

しかし、この作品自体ミステリっぽくないんですけどね。のっけからなんなんだ「このミス」。海堂尊もミステリから離れてってるしね。いや、氏の場合はそれは仕方ないみたいなのだけど。

主人公は小指を失ってピアニストとしての生命を絶たれた青年。

彼が連れているのは言葉を操れないがピアノに天分を示す少女。

慈善を主目的として講演を行う彼らは、とある療養施設を訪問する。

そこである事故が起きて、少女は施設の女性職員と心が入れ替わってしまう……。

「心が入れ替わってしまう」まで書いてしまうとほとんどネタバレなんだけれど、それは致し方ない面もある。

それから、「事故」ってのがポイント。事件じゃないんだよな。

この「事故で心が入れ替わってしまう」というのは、往年の『転校生』もあるし、一種の変身物語として古くからあるものなんだけど、脳と精神と恋愛を絡めて書くとなると今をときめく人気作家・東野圭吾の『秘密』がまず浮かんでしまうわけです。

『秘密』にはミステリ的要素は厳然とあります。それは、娘の人格が娘そのものなのか妻のものなのか、というものです。

しかし、この作品ではそういう要素は弱い。そういう作品としての詰めが甘い。

ではこの作品の中心は何かというと、指を失ったピアニストという主人公の生への葛藤と、人間性の宿るところへの作者の興味なんだと思う。

舞台は療養施設。医療施設ではないわけです。これは作品を読んでもらうのが一番ですが、医療行為を行うことが主目的の施設ではない。症状の改善が見込めない人たちが相互に助け合いながら暮らしている施設なわけです。そこで、人間の尊厳を問う。ピアノ曲がよく似合う静かな文体で穏やかな感動を呼ぶ、という方向性なわけです。

そういう焦点の違いがあるからこそ、『秘密』との類似性はあまり問題ではなくなる。

では、良い作品かどうか?

これは、解説の展開を非常にいやらしく読み取ることでも見出せると思う。

作品性は低い。しかし、作者の文章の技量は新人としては高いものがある。心情の描写は細やかだし、ややこしい専門知識の解説とかくどくはないし。文章は巧い。

足りないのは意外性だろう。ストーリーに転換点がないから、予想通りの結末を迎えることになる。それでは、感情に深く切り込んで揺さぶり動かすことは難しい。

丁寧だし、過失は少ないのだけど、得点もあまり多くない。

作者の興味が先走っている、という点で、同じ性質を持つ『バチスタ』を呼び込んだとは言えるかも知れない。(海堂尊は『死因不明社会』を訴えることが主眼にあったはずだ)

……つまり作品単体とし見ると平凡すぎる。

その平凡さでこの500ページ超えってのはなんというかかんというか、やっぱり独創性って重要だなって思います。

さくっと読み終わってしまったし。

うーん……よく考えたら解説の擁護っておかしいぞ。近年の新人賞が作品主義になってるって書いてあるけど、作品主義ってどういうことだ?荒削りでも時代にざっくり斬り込むような時代性や、斬新なものを書けるだけの独創性が、たとえ当たり外れはあるにしても文章力なんかよりもはるかに大事な気がする。

うーん、5年以上前の作品だから目新しさが褪せているのかも知れないけど……、やっぱ新人賞は文章の巧さじゃないんだよな。

なんかそんな気がした。

(20090425記)