伊藤計劃『虐殺器官』ハヤカワ文庫JA/読書感想
天才という言葉では足りないので、詳しく書こうか。
というか、生命そのものが努力となっていた状況で鍛え上げられた自我と、それを投射すべき世界への繊細な理解は、ぎりぎりまで磨ぎ上げられた結晶と言えるだろう。
戦争状態にありながら、主人公は繊細に構成されている。
一人称は「僕」。
母の治療停止に同意したことを引きずっている。
だが、暗殺を取り扱う部署でリーダーを担っており、戦場では平然と人を殺せる。
なぜならこのSientific Fiction作品の舞台となっている近未来は、そんな彼を物理的、心理的に柔らかく包み込み、保護する技術を持っているからだ。瞳に多くの情報を与える副現実を見せるデバイス、戦闘において邪魔になる心理的障壁を取り除く薬品と心理療法、etc...
この作品を彩るギミックの数々は、20世紀の小説作品では見られなかったものが多い。21世紀的と言っていいだろう。
生化学的で、疑似生命的な生々しさがある。
それが、生きた肉である私たちと、死んだ肉との境界をまた曖昧に見せている。
あるいは、遺伝子の器質的な働きが人間であるのかを問いかけている。
主人公が生きる近未来において、世界中で続出する虐殺事件。
その原因ーー「虐殺器官」とは何なのか?
その大胆な仕掛けは、実際に読んで見てほしい。
この文庫版では、素晴らしい解説を大森望氏が書いている。
伊藤計劃がいかに生きたかを知ることができるだろう。2009年3月に肺がんで死去。
僕は、はてなブックマークで伊藤計劃の訃報を知った。それ以前から、たびたび記事がホットエントリーに入っていたから、注目されている作家であるという認識はあった。
故人のブログもその時に見た。
また、同人誌『バルバロイ』(2007年)に掲載され、彼の仲間が後にWEBで公開した「セカイ、蛮族、ぼく。」も読んだ。 → http://randambutter.blog.shinobi.jp/Category/6/
とにかくセンシティブで、そして、言語とその意味のもつ空間的広がりに対する抜群のセンスが感じられる作家だ。
惜しい。
現代をこの作品のように捉え、危機を認識し、表現する貴重な感覚器を有する人物だった。
もっと作品を、もっと進化した伊藤計劃を読むことができる未来がどこかにないものだろうか?
まだ僕は物足りないのだ。
もっと書けるはずだったろうに!
そんな風に惜しまざるをえない。