夏目漱石『三四郎』新潮文庫/読書感想
あー、なるほどなー、うまいなー。
すごく現代に通じるところがある。
というか、この表現はずれているな。
すごく現代の俺の感覚に通じるところがある。
この煮え切らない二人の関係が巧いな。
あと、広田先生がハムレットを読み違えて、それを三四郎が劇場で理解するシーンが興味深い。
広田先生の夢のくだりも含めて、三四郎は広田先生に似ているようで違うところがある。
それにしても、ストレイシープ。
「私そんなに生意気に見えますか」
これは美人に言われたら確実に「可愛いよ」という言葉をそそられるセリフだけれど、生意気でなければ絶対に言えない罠。
ただ、それに完全に自覚的でないために、ストレイシープとなってしまっている。その無自覚さが解説に引用されている漱石の美禰子評「無意識の偽善者」="unconscious hypocrite"だよな。しかし、偽善を偽善と知って行いつつある姿は哀感漂っている気がする。
三四郎は羊飼いではないし、牧羊犬でもないから、誘導することも、追い立てることもできずにただ漫然と見守ってしまう。
そういう意味では、見守って欲しがるよし子とは相性が良さそうに見えて、ニヤニヤするんだよな。
そして、牧羊犬みたいな男と結婚したんだろうな。
この辺の自立しかけてできていない女性の立ち居振る舞いがうまいなー。
ロマンスが成就しないだけ、男のふがいなさが際立つがな。
与次郎はずっと道化の役回りなのだけど、最後の画の題名に絡む姿はまさに道化役の面目躍如。
しっかりとした小説にできあがっていて、良い。
うーん、うまいな。
『吾輩は猫である』『坊ちゃん』からこれが出てきたんだからさぞびっくりしたろうな。