松本清張『点と線』新潮文庫/読書感想
病院の待ち時間が長かったので読み終わってしまった。
今やワイドショーや報道番組なんかでも「一連の事件の点と線」なんて言い回しに使われる有名な作品です。
僕にとって意外だったのは、この薄さ。
清張初の長編推理小説だったそうで、だとすると納得せざるをえないでしょうね。
さっくり読めます。
展開もシンプルですし。
作品の柱は時刻表トリックに見えますが・・・ま、トリックはどうでもいいです。
この作品以後、時刻表トリックが流行ったんですかね?
でも、この作品は時刻表トリックが主じゃないんですよね。
松本清張の作品は動機の設定に強みがあります。
犯人の動機を見極めるのが難しいのです。
そしてそこが面白い。
この作品もその面白さは十分堪能できるのですが・・・解説氏が指摘しているように、極めて微妙ですがこの作品には説明されていない部分が残されています。
また、犯人の自白で終わっておらず、犯人が残した遺書もつまびらかにされてはいないので、事件の実情は捜査員の推測に終始してしまっているのです。
そこが瑕疵といえば、瑕疵。
しかし、処女長編ということで、そこまで気が回らなかったと納得すべきか・・・
・・・と言いつつやっぱり諦めきれずに、こういう〆ではどうだろう、蛇足を提案をしてみようと思います。無謀にも小説仕立てで。
それにはネタばれせざるを得ませんので、続きを読むに格納します。
(……と書くつもりでいながら延ばし延ばしにして翌2009年1月14日に以下を追記。力不足で会話文だらけでヘボヘボです。お目汚ししたらすいません)
=*==*==*==*==*==*==*==*==*==*=
「やあ、来たね。列車の長旅で細君も疲れているだろう、遠慮せずにまずは上がりなさい」
鳥飼は軒先で丁寧に挨拶をする三原を招じ入れた。
「博多までは例の『あさかぜ』かな?」それは二人の因縁となった列車の名である。三原は不意を衝かれたて困った顔をみせたが、すぐに表情を和らげて肯いた。
「ええ、そうです」
その一連の変化を見た鳥飼は、少し喉のつまりを取るしぐさを見せて続けて問う。
「では、列車食堂では一緒に食事をしたかな?」
三原は重ねて虚を突かれた格好になったが、こちらにはにやりと笑ってこう答えた。
「いえ、それが家内は列車に酔ってしまって」
「ほう」鳥飼のまぶたが意外な返事に動く。
「私はしっかり食べたのですが、家内は紅茶を飲んだきりでした」
「それはよろこばしいことだね」
そこで男二人はにやにやと笑い交わし、鳥飼の女房は心配顔に三原の細君を気遣うのであった。
晩飯まで暇があるので鳥飼は三原を散歩に誘った。松原から海を見るのだという。
「やあ、やはり海の色が変わっていますね。右手から海ノ中道が伸びて正面に見えるのが志賀島、左手に見えるのが残の島、でしたね」三方を遠望して三原が振り返る。
「そう。香椎は右手の工場の向こうになるね」鳥飼は応じる。
そこでひとしきりの沈黙が降りた。二人ともに一月の事件を思い出しているのである。
先に口を開いたのは鳥飼であった。
「三原君、あの事件ですがね、それぞれに男女二人組を見た果物屋と西鉄の乗客にあの後もう一度話を聞いてみたんだよ。男の方の体格についてね」
そこで三原は電撃に打たれたような顔をした。
「それで、どうだったんです?」
「うむ、西鉄香椎駅から降りたと思われる男女の男は痩せていて、国鉄香椎駅から降りたと思われる男女の男が太っていたそうだ」
三原は無言で頷く。その意味を悟っているからである。
鳥飼はしゃべり続けた。
「これは君の推測―先に佐山と安田亮子とが海岸に立ち、追って安田辰郎とお時とが海岸に立ったという経過を補強する事実だ。
だが何故、安田はお時を博多くんだりまで連れてくることができたのか?という疑問は依然残る。
お時は安田の指示で佐山という見ず知らずの男と熱海まで列車で相席し、熱海で無為に5日を過ごし、それから博多から物寂しい香椎まで連れて行かれるのだ。これはどんなに上手く振舞ったとしてもお時の不審は免れまい」
「そうですね。私もその点は不審に思っていました」
「それからもう一つ、佐山が安田の細君は病気であることを知らなかったとは思えない。だが、佐山は亮子からの連絡には素直に応じ、寒風吹く真っ暗闇の中を病人に案内されるままに付いて行っている。この点への不自然さも残っている」
鳥飼のその言葉は三原にとって少なからず衝撃的であった。
「それは……確かにそうですね。佐山が前妻を早くに亡くしている点と、安田が病妻を抱えている点は共通しているし、話題にならなかったとは思えません。佐山はその点を気遣わないはずはないでしょう」
「そう、だから安田は亮子に佐山が付いていく確信があり、お時も海岸に連れて行くことができるという確信があった。ねえ、私たちはもう一度彼ら四人の関係について再考すべきなのではないかな?」
鳥飼は提案し、話を続ける。
「熱海の宿泊費を亮子が支払ったことから、お時と安田の関係は妻の公認であったことが知れる。それは、一方でお時の方でも亮子が宿泊費を支払うという態度について、それを当然とするだけの関係への確信があったということも示している。お時にとってのこの亮子の態度を当然とする前例がそれまでの交際の中であったということだね」
「本妻と不倫の相手が顔を合わせる機会がある。それをまさに二号さんと呼ぶのだろうけれど、二人が顔を合わせるとすると亮子の病気を考えると東京の自宅か鎌倉の別荘ということになるだろう。
さて、そういう関係であれば、佐山が安田の下を訪れた際にお時と面識を得るきっかけが見えてくる。兄が語るように佐山は実直な人間であったそうだから安田はその辺りに配慮してお時を二号さんだとは紹介しなかったかもしれないがね。」
「これで東京駅の客室で佐山とお時が談笑していたことに理由はついた。
さて、もう少し疑問を膨らませると、どうして佐山は君たちすら探り出しえなかった安田とお時の私的な接点を実際に目の当たりにする機会を得たのだろうか。この点を考えると先ほど私が挙げた東京の自宅というのはお時が出入りするにはいかにも目に付く。もちろん、自宅以外で安田とお時は逢引することが多かっただろうが、それでは佐山との接点が見出し得ない。こうなると四者の接点は鎌倉の別荘という一点に収束する」
「つまり、佐山は上司が愛顧する御用商人とはいえ別荘にまで訪問したということになる。その目的は何だろう?ねえ、三原君、ここに佐山の謎の想い人の答えがあるのではないかな。佐山が想い悩んだ相手が安田亮子である、という答えがね」
「それが―お手紙にあった、謎の夫人を待っていたという行への答えですか―」
「そう、私はずっとそれが気になっていたからね。
誠実な人柄であればあるほど亮子のような立場へは同情によって愛情は募るだろう。けれど人妻であるために誠実な人間には周囲の人間に相談することすらはばかられる。これが佐山の愛人が謎の存在となった理由では無いだろうか。誠実な人間のことだから、訪問するにしてもそうと知れない公式な理由をつけてのことだっただろうね。だから君たちの捜査に引っかかってこなかったのだろう」
「こうして考えると佐山の呼び出し役が亮子であったことへの疑問は氷解する。精神的に追い詰められているところに想い人が現れたのだからね。あるいは、亮子から心中を提案されたとしたら、佐山はきっと素直に応じたに違いない。これでジュースのビンに佐山の指紋が残る」
「指紋!」
「そう、ジュースのビンには佐山の指紋しか残っていなかったはずなのだよ、三原君。亮子の指紋が残っては良くない。だから亮子が直接触れないように青酸を入れて、佐山に渡した。しかし、後から来るお時に心中するつもりは無いのだからジュースで飲ませることはできない。だからジュースのビンには佐山の指紋しか残っていなかったはずなんだ。そして、お時は安田が青酸入りのウィスキーで殺害して横に並べる……。心中であることを補強するには臭いが出てしまうジュースを使いたいと考えたのは、そういう小説を読み親しんでいた亮子に違いない。しかし、その知が過ぎたところに亮子の計画の唯一の失敗があったはずなのだよ。両方ともウィスキーで殺害して、ウィスキーのビンを現場に残せば問題ない所を、心中を強調するためにジュースを使った。だから、私たちがきちんと検死していれば、アルコール反応の有無から、両方に出ても片方だけに出てもジュースとの整合が崩れて、自然に指紋の違和感へと繋がったはずなのだよ。そして、それが他殺説へのとば口となったはずなんだ」
「だが、そうはなりませんでした」
「そうだ。心中を自然として、青酸の入手経路の捜査も行われなかった。そうだ、安田夫妻への逮捕状の罪状は青酸の件だろう?」
「はい。しかしそれも盗み出した人間の証言を併せた薄氷の請求でした」
「そして、君たちが踏み込んだ時には両者ともにその青酸で死を遂げていた」
「はい」
「その遺書にはどれくらい事件の真相が書かれていたかい?」
「いえ、ただ一言、罪を意識したから死ぬ、と」
「つまり、君がくれた手紙の内容はほとんどが君の推理ということでいいのかな」
「はい。まったく、たったいまそのほとんどを鳥飼さんが覆してみせたばかりじゃないですか」
「いや、私のこの話も推測の域を出ないよ。だが、もしまだ三原君が私のつまらない推理を聞いてくれると言うのなら続きを話そうと思う」
「なんですか、気になりますね」
「うん。恐らくは安田夫妻の死は亮子による無理心中だろう。」
「それは、僕も考えました。活力に溢れた安田が自ら死を選ぶはずがない……」
「そうだ。私もそう考えた。安田は罪を亮子だけになすりつけて逃げるつもりがあったはずだ。それは、旅館から佐山を呼び出す役を亮子に割り振った点から考えて、それだけの周到さを隠していたと見ても不思議はない。安田も安田で妻に劣らぬ周到さがあったのだよ。この偽の遺書を用意するだけの、ね」
「では、亮子の遺書は偽者だと?」
「これは私の推測だが、その遺書は原稿用紙にしたためられていただろう」
「その通りです。しかし、文章を趣味としていた亮子ならばそれも当然では?」
「それが安田の計算だったのだよ。亮子が推理小説の類を書いた痕跡はあったかな?」
「いえ……ありませんでした」
「そこが却っておかしいのさ。これだけ複雑な心中の偽装を計画した人間が、自ら推理小説を書かなかったとは思えない。いや、むしろ書いていたからこそその一部を安田に遺書として利用されるに至ったのではないかな?
もちろん、安田はそれが小説の一部であると知られないように、残りの部分は焼いてしまったはずだ。だから、小説が一切見つからなかったのではないかな」
「そうすると亮子は自分を謀殺しようとした安田を帰り討ちに殺したことになりますね。そういえば二人はウィスキーに入れた青酸で心中していました」
「そうか、では、グラスにあらかじめ塗っておいた青酸で殺したのだろうね。まず始めに亮子がビンから注いだウィスキーを飲んで見せて安田の警戒を解いた。そして、安心した安田はグラスに青酸が塗られているとも知らずにウィスキーを注ぎ、それで死んだ」
「そして、その後を亮子が追ったわけですね……。これで全ての点が線で貫かれました」
「ああ、しかしおそろしく迂遠で、曲がりくねった線だがね」
「亮子とはなんて恐ろしい女性だろう、まだ秋口だと言うのに寒気を感じますよ」
「いや、三原君、これはあくまでも僕の想像に過ぎない。事実ではないかもしれないのだ。想像の存在に恐れを抱く必要はないだろう。しかし、君がそんな風では困るな。君にはこれからも恐れずたゆまず事件に取り組んでもらわなければ東京の市民が苦しむことになるのだからね」
「それもそうですね。私も鳥飼さんのしつこく喰らい付いていく姿勢を見習って頑張ります」
「そうやって元気が出てきてくれて私も長話をした甲斐があったというものだよ」
「そうですね。私も九州に来た甲斐がありました」
「さて、すっきりしたところで海風がずいぶんと冷えてきた。そろそろ晩飯も準備できたころだろう」
「そうですね。妻との間に冷たい風が吹き込まないように気をつけないと」
「ふむ、それはそうだね。明日から始まる放生会では、せいぜいおねだりに答えてあげるといい」
「ああ、そういえば妻はビードロ―おっと、こっちではチャンポンと言うのでしたっけ、あれが不思議に好きでしてね」
「そうか、なら買ってあげるといいよ。歌麿だったかな、美人画は」
「さすがに物知りですね」
二人が去った砂浜に打ち寄せる波は、玄界灘に比べれば湾内でずいぶんと弱まり、静かなものだった。
=*==*==*==*==*==*==*==*==*=
はい。へたくそですね。
途中で集中力が切れました。すみません。時間があったら修正したいです。
思ったよりも量が多くて難渋しました。
要はですね、検死はちゃんとやろうぜ!ってことになりますけどね。
ああ、お腹すいた。