近所の三階建の狭小住宅に住む三人のお嬢さんたち/夢日記

■2012.07.16.mon

激しい雨が降っている。

道路は冠水していて、時折通り過ぎる自動車は車輪の半分までが水没しているような状態だ。

ヘッドライトや街明かりが大粒の雨と非常の水面に反射して散乱し、視界を眩惑する。

僕はとっくに靴が濡れるのは諦めていて、膝まで裾を捲り上げて水の中を進んでいた。

もう一人、隣を歩いているのはkixxで、いつも通りの仏頂面で左斜め後ろを静かに歩いている。

水たまりの中に何かが浮かんでいる。肌色のちょうどオトナの手くらいの大きさ。

恐る恐る拾ってみると、それは目玉のおやじだった。

「くっくく…水が多くてこの有り様じゃ。どうもすまんのう」

目玉の部分がふやけて膨張しているおやじは、逆さまに吊るされたまま礼を言った。

「いえ、まぁ、大変でしたね。ご無事で何より」

僕はとりあえずその無事を言葉の上で喜んでみせた。

「その化物どうするの?連れて帰るの?」

kixxは置いていけと言わんばかりにそう言う。

「まさか置いては行けないだろ。ひとまず歩道まででいいですか?」

「くくっ、かたじけない」

「いえいえ」

目玉のおやじと別れた僕らは自宅への道を急ぐ。

急ぎはするが、途中で寄らなければいけない場所もある。

それは三角形の角地に無理矢理に三階建てに造った狭小住宅で、築年数が古いからこういう嵐の時にはいろいろと不具合が心配されるのだ。

加えて現在、ここに住んでいる3人のお嬢さんはちょっとわけありと来ている。「時々様子を見に行くように」と言われているから毎朝様子は見ているが、こんな日は夜も様子を見に行くべきだろう。

土地はちょうど直角二等辺三角形で、下を南とするとちょうど「下」の字を描くように道路が配されている右上の位置に当たる。南西向きが一番長い辺で、その真ん中よりも西寄りに玄関が開かれている。呼び鈴は付いていない。ドアを開くとベルが勝手に鳴る仕掛けだ。

「おーい、いるかー?」

屋内は真っ暗だったが、もともと1階はキッチンと4人がけのテーブルがあるだけで、食事に使う以外に人が居ることはあまりない。今は飯時では無いし、異常とは言えない。ちなみに、玄関から左手側がキッチンで右手側のすぐが階段、その向こうに4人がけのテーブルルームがある。

三和土に立ったまま階段を見上げるとほのかに灯りが点いている。2階からの居住空間に、3人の内1人は少なくともお在宅している。返事が無いのはいささか不安を掻き立てるが、眠っているということもあるだろう。無用心な話だが。

「上がるぞー」

一応、声を掛けたのは、2階の階段上がって左側、キッチンの真上にあたる場所がシャワールームだからだ。無事を託されている身として滅多なことはできない。それから階段の電気のスイッチを音を立てて入れた。これで気がついているはずだ。返事がないのは今日は不機嫌なのかもしれない、と覚悟を決める。

耳を澄ませながら階段を上がるが、どうやらシャワーを使っているわけではなさそうだ。壁に遮られた少し遠い水音だけが耳に響く。

2階の部屋のドアは開いていた。そこから内側の光が漏れて、階下からほのかな灯りに見えていたのだ。

「おい」

ドアを開くと赤髪の少女はテニスバッグのチャックを閉じているところだった。その背中がちょっと震えたような気がしたが、ベッドサイドの白熱電球の灯りではそれを確信することはできなかった。

違和感は拭えないままそのまま背中に声を掛けた。

「返事がないから心配したぞ。熱心なのはいつものことだけど……何の準備だ?」

頭頂からなめらかに曲面を描く赤い髪は動かない。

「別に、明日ちょっと大事な用があって」

答える間も頭はうつむいたままで、声も明るくもなく暗くもない平板なものだった。

「ふむ……」

僕はそこからもうちょっと何かないかと思って、ドアに寄りかかったまま待った。

その背中はいつもしなやかにまっすぐ伸びているが、時折えらく華奢さが目立つ。

この日は特に、か細く見えた。だから待った。

しかし、その背中は動こうとしない。まるでこちらが見ていない時にしか動かない呪いの市松人形のように、今の私は人形ですよ、と信じこませようとしているみたいに。

ふと、嫌な予感がよぎった。「この大荷物は出ていくつもりなんじゃないか」と。

ふっと現れて大暴れし、ふっと消えてしまって後には日常しか残さない。そんな嵐のような激しさと、ふと素に戻った時の穏やかさが彼女たちにはあった。そのアンバランスさが、儚さを感じさせていた。

ずっと、いつかそんな日が来るのではないかと思っていた僕はまだいい。しかし、彼女たちを大事に思い、失いたくないと思っている他の連中はどうするだろう?

「いなくなったりはしないよな?」とは、訊けない。訊いたら消えてしまいそうだから。

「別れは言っていけよ」とも言えない。言ったら別れは決定的なものになってしまうから。

だから、普段通りの言葉をその小さな背中に投げかけた。

「メシはちゃんと食えよ。お前はちょっと痩せすぎだ」

少し肩が下がった気がした。

「あなたに言われたくないわ」

少し、日常が戻った気がした。

寄りかかってたドアから離れて階段を降りる。

少し言葉が足りないと思ったので、三和土から階段を振り返った。

「忘れ物の無いように。出かけるならみんなに声を掛けていってくれ。

みんな3人が心配なんだ」

そうして、僕は彼女たちと別れた。

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今日の夢を覚えていることで気がついたけど、最近しょっちゅうこの夢を見てたわ。

赤い髪のリーダーと、クールビューティーな女神と、ツインテールのムードメーカーの3人のお嬢さん。