西尾維新『クビシメロマンチスト』講談社文庫/読書感想

2010年6月12日読了です。今、19日。やべ、一週間前か(汗

あー、これは、なんていうか、ミステリとしてどうなんだろう?

情報が少なくて限定できないはずだけど、だいたい正解になってしまう。

それが結局ハズレてしまう理由が、「嘘」だというのが、また。

「誰が殺したのか」は動機の面から明確すぎる。しかし、トリックに協力者が必要で、そちらの動機が分からない。

まあ、いいや。

この語り手は残酷すぎる。

どうでもいい話をすると、僕も人間の記憶力が悪い。

(以下、続きを読むで)

それは主に人間の顔を直視しないのと、人間の話し声に心を傾けないのとで、人間に関する情報のインプットが単純に少ないからだ。それは人間に関わることだけなので、書物や音楽からなら普通に記憶が成立してゆく。

僕にとって人は、あんまり顔を持っていない。

個体の判別は主に歩き方や声質で覚える(声質、というのは話の中身じゃなくて、話の外身だ)。

だから、「声を聞き間違えることなんて、ありえない」という語り手に激しく同意するよ。

だからこそ、だが。

いーちゃんは本当に傍観者の風上にも置けない奴だ。なんとなく、『カーテン』を思い出したんだよ。

あと、一応書いとくと、江本がいーちゃんを好きだというのはすごい誤解なのだよなぁ。江本は傍観者としての等級は上なんだけど、葵井のために反対するというのも、また、出過ぎた/出来過ぎた行為だよなぁ、傍観者としては。

まあ、いいや、零崎の話をしよう。

「呪い名」とか出てきた。どうしよう、らっきょか。

中学生は、妄想するよね、どうやったら人を殺せるか、とか。

うん、でも、素人考えでは辿り着けないんだ。そこで本当に殺人術を勉強したら、ある意味中二病は卒業です。

おめでとう犯罪者予備軍。

そして零崎は犯罪者なわけだけど、彼はどうもプロの手ほどきを受けてるっぽいよね。玄人だから中二病ではない。

一方のいーちゃんも、大統一全一なんたらかんたら(←大統一理論に言葉が近すぎて記憶できない)で、訓練されたっぽいから、素人ではない。

ですが、維新のいーちゃんは、これを妄想したので中二病である、と言われても仕方ない。

いや、これで維新のいーちゃんも訓練されてたらすごいけど、犯罪者予備軍として。

いや、そうじゃなくて。

いかん、戯言めいてきてる。

というのは、Twitterでも書いたけど、同い年だし、西尾維新の感覚、分かる、すっごい分かる。

お前は俺か。

なんか、アイソトープみたいな親近感。

彼は、放射能があるんだけど、俺には無い、みたいな。何かを発しているか、発していないか、みたいな。

あるいは、意味もなく、文系つよめ、理系つよめ、みたいな。すいません、ウソつきました。僕はヘボです。

その喩えでは、零崎といーちゃんは幾何同位体みたいなものか。いーちゃんはシス型、零崎はトランス型、脂肪酸的イメージで。つまり、前者は有害で、後者は……脂肪さん。

なんかこの親近感だけで、続きを買ってしまうわ。

そんな感じ、単に西尾維新に興味があるよ。

ああ、ところで、「いーちゃん」って「西尾“い”新」の「“い”ーちゃん」じゃないよね?だよね?合ってるよね?どうなんだろうね?明かされないだろうなぁ。明かさないだろうなぁ。

ああ、おっかしいw好きだぜ、そういうのw傑作w