川口幸範『フープメン』(全2巻)JC/漫画感想

素材はすごく良かったと思う。

通訳という新鮮なものと、フツーの身長なんだけど、「手首の柔らかさ」という日常生活ではぜんぜん気付けない特殊能力が隠されていて、それがシューターとしての開花に繋がるという、玄人好みでありかつ素人にもわりと分かりやすい主人公の長所。

これがバスケ漫画としては非常においしかっただけに、惜しい。

試合展開も納得できる感じのもので、スポ根とか異次元スポーツじゃなくて好感。

ただ、まず第一話で読者を掴み損ねたのがものすごく大きかったと思う。

妄想が痛かった。

いや、読者も日常的に妄想しているはずでから等身大の高校生の描写として正しいんだけど、妄想を読者として第三者目線で見るとすごい痛いの。

その痛さというのは、陳腐化するか曖昧にするかして回避することが大事。

『ワンピース』のルフィの海賊王も『NARUTO』のナルトの火影も「おー、なんとなくすげーんだな」って感じでまだ読者には曖昧。

スラムダンク』の桜木の活躍の妄想は戯画化されていて、笑いを誘う。

ユーホの妄想はそうじゃないんだな。ちょっとマジ過ぎて、引いちゃう。ヒロインに放課後に呼び出されたときの妄想は(テンプレだし)まだマシだけれど、体育館で救世主と呼ばれた時の妄想は真剣味がありすぎて寒い。

プラス、デフォルメした顔がちょっと気持ち悪すぎる。ヒロインに褒められて「ぜんぜんいいよ!」と顔が崩れるシーンが特にやばい。アレはちょっとなー。あそこは、テンプレとしては「ぜんぜんいいよ」と眼は涼しげにカッコつけているつもりなんだが鼻の下が伸びていて、「鼻の下のびてんぞー」って外野に突っ込まれる所だろ。外野が「帰る?」ってのはリアルだけど、突っ込みとして弱すぎて笑いが成立していないと思った。

実はこの辺の描写を曖昧にしたり陳腐化して矮小なものに読者に見せておくと、実際にそれが実現したり実現に近づいたときに、「あんな想像をしていたけど違うんだな」という意外さを抱かせることができるのだと考える。

翔陽戦後に桜木が朝の体育館で活躍の後味を確認するシーンなどが特に印象的。想像とは違う形のものが実現したっていうのが意表を衝いていて面白い。思ったよりもカッコよくなかったのに、カッコよかったという実感がある。それが良いんだよな。

あとは、絵かなぁ。

今はシャープなラインが多くて、ラフなものは敬遠されがち。

だから、日常パートなんかではシャープな絵を使う方がとっつきやすい。

ただ、ラフな絵のほうが力強さを見せるのに向いているて、スポーツ漫画ではラフな絵を持っているってのはすごい強みになる。試合展開で重要な所にアクセントとして使うことが大事と思う。

コマ割りとかのカメラワークの部分。それとフキダシの配置も研究の余地が随分あると思う。

例えば、一話でジョシュが1年チームにキレるシーン。

あのコマにはジョシュとユーホしか映っていないのでは意味がないっしょ。

ジョシュは1年チームに呼びかけている。けれどジョシュと他の1年チームには距離がある。また、ユーホはバスケットを理解していないがジョシュの英語は理解しているという意味でユーホと1年チームとの間にも距離がある。1年とユーホとジョシュの三様の位置関係が欲しいシーンなんよ。

そして、その1年とジョシュの間にユーホが入ることで繋がるシーンを通訳開始の場面に持っていくと、ユーホの価値を絵として示すことができたと思うんだ、俺は。

レイアップを失敗するシーンも。

あれは、ボードに当てるのが正しいし絵で解り易かったと思う。

前頁の見開きでレイアップしている視点のまま、ボールだけボードの角に当たって、次のコマでまたまた同じ視点で顔面にがっつり直撃している。これも一種の天丼ですね。同じ視点を繰り返す。こういうのが、面白いと思う(武井の技名三連発もこれの変形なんだけど、ちょっと多用しすぎかなぁと思う)。(これは『スラムダンク』では一コマで描かれているシーンがあったけど、あれは失敗の一種としてって位置だったから一コマ。こっちは調子に乗った末の大失敗だから、複数コマね)

そういうコマ割りの検討が十分でないかなー、惜しいなー、ってのは全2巻を通じて思ったこと。

あとは、俺自身そういう比較を内心しちゃってるんだけど、『スラムダンク』と常に比較されるのは辛いな、って感じ。ちょっとでも似た展開があると、つい、思い出しちゃうんだよな。そのたびに自分を戒めるけど、なかなかそういう人は少ないと思う。ちょっと似てしまったら、思い切って開き直ってパロディにしちゃうのも大事。

「俺のシュート力は60万(ry」っていうのももうちょっと大きなコマでやっても良かったと思うんよ。

こういう本歌取りというのは漫画だけでなくて、(つか本歌取りという言い方からして)詩や小説には多い。ミステリなんかでも他の作品のトリックを皮肉ったりもする。その辺はやりすぎると不評を買うからバランス感覚が必要だけど、最初からやり過ぎな人は距離を始めから測ろうとしていないのでうまくいかないし、慎重な人の方が期待できると思う。

いまどき青春スポーツを真正面から描こうという姿勢は大好きだし、「天才」と呼ばれるのを嫌がるってのも考え方が地に足がついていて好感が持てる。

絵自体は上手いと思うし、すごい期待しているんでがんばって欲しいです。