よしもとばなな『イルカ』文集文庫/読書感想

主人公は30を少し過ぎた女性作家。

大きく売れているわけではなく、しかし、生活が苦しいわけではない。

母は10代で亡くし、父は妹と暮らしている。

付き合っている人はいるが結婚願望は無く、別に独りでさびしいと思うこともない。

そんな女性が、珍しくインフルエンザに罹って寝込むところから物語は始まる。

あとがきによると、作者はこの作品にしっかりとした確信がある。

僕は以前にもばなな氏の小説が同じような展開ばかりだと感想に書いたことがあると思う。

この小説もそれらと同じような展開を持っている。

不思議な力を持つ人が現れて、それをきっかけとして物語が転換する。

『アムリタ』と『みずうみ』ね。構造は同じ。

しかし、この作品だけはどうも少し違うように感じる。

バナナ氏の興味は家族の構築、社会と女性の関わり、肉体の本来持つ力、こういう所に向いている。

これらは、しかし、現代に見失われているものであり、現代を舞台にして描くことにはそもそも限界があるのではないだろうか?

この作品は、作ろうと思って作ったところが少ない。だから、ばなな氏の直感が素直に現れているように思う。それと、出産の経験値が自然と反映されているのだろう。だから、他の作品と少し違う。

作家というのは一度成ってしまうとなかなか新しい立場、すなわち新しい視点を獲得するのが難しい。

しかし、子供が出来ると、生んだ母親、乳を与える存在から規範を示す存在になったり、子供の友達から見たおばさんになったり、子供の成長に対応していろいろな視点を経験することになる。

そういう変化がこの作品のように現れてくるとすると、これから楽しみかもしれない。