さらっと書き出し/daily

夢日記を書こうと思ったのだがまた忘れてしまった。

ので、どうでもいいことを適当に書くことにする。

なんで忘れたかなぁ。

来年の予算規模が90兆いきそうとか。

直感的には、時代が違うから環境が違って、景気対策に政府主導ってしなくてもいいような気がする。

というか、今の政府が大きすぎて機動的な資金の動きを創出できないと思うんだよね。

市民にお金が流れるように労働環境関連の法整備をきっちりとしてから、思い切って減税するために予算規模を減らす方が効果的と思う。

ま、それを試算する方法はまだどこにも無いと思うけど。

ていうか、多分、経済学的には減税が効果的と出るんだろうけど、政治力学の面で減税が国境を越えたりなんたりして、国益のみに限定することが困難であり、そのために政府の手柄としにくい面があると思うんだよね。

封建国家を想像すればいいけど、封建国家が減税したら相対的に地方領主が力を持ってしまうかもしれないしね。

派遣切りとか内定取り消しとか問題になってるけど、それってのは労働者側から見た新卒偏重と再就職の困難が企業側から見た解雇の困難さとの裏返しになっているせいなんだよね。

っていうのは、現在の法制度が家族企業に適応した形になっているからで、家族企業型が日進月歩の進歩の世界において機動性の上で競争力に劣っていて、その辺の組織形態の変容が時代的要求として求められていることに対して試行錯誤の途上にあると見ることもできるわけだけど、日本は少子高齢化が既に始まっている状況だからかなり待った無しの状況なんだよね。

とはいえ、団塊世代がそろそろと退場していく中で、団塊世代が作り出した制度などのシステムを思い切って後進できる環境が醸成しつつあるのは事実で、ここから20代30代の頑張りは今後30年くらいの情勢を左右すると思う。

実際、農政あたりは株式会社を入れる方向へと進んでいるし、土木とか他の所も変わらざるを得ない。社保庁もそうだね。そういうのってのは、戦後変化が小さかった部分で、だからこそ変革の波が早く来ている。

変革が何故後れがちになるかというと、それは、それを最初に作り上げた人間たちとその追従者が居なくなるまではその慣れ切った形への執着を振り切りにくいから。そういう執着者たちが、最近の若いものはと言う。

フラット化している、というのは僕の感覚的な見方なのだけど、それは多分、過去のSFを見ているとそれすら著者たちは通過点と見ていたのだと思う。

食料の問題を解決するのに科学がものすごく効果を発揮しているSFに比べたら、それが期待しがたい現実はもっと過酷な道になるのだろうけれど。

というような構成の話が僕の中では一本の話だと感じられるのだけど、ぜんぜん書き出して見ると一本線に連なってないように見えるんだよね。

それは、まあ、どうでもいっか。