上橋菜穂子『精霊の守り人』新潮文庫/読書感想

ハードカバー版から4年ほど経ての再読。

文庫版とハードカバー版では漢字が増え、それに合わせて表現を若干改めているそう(作者解説より)で、確かに少し印象が違ったように思う。

女用心棒の短槍使い・バルサは事故により川へ転落した皇子を救った縁で宮殿に招かれ、その皇子が何やら「この世のものではないもの」に取り憑かれ、ために父である帝に命を狙われていると聞かされます。

バルサは断る道もなく、皇子チャグムを守り宮殿を脱出することになるのだが、チャグムを真に助けるにはチャグムに取り憑いたものの正体を知らなければならない。

その不思議なものの正体は、皇国の創建にまつわる伝説に隠されていて――

というあらすじです。

この作品を皮切りに「守り人シリーズ」が始まるのであるが、この作品の「主人公」について少し気をつけて欲しい点があります。

それは、この作品群の中で、主人公とされるのは女用心棒のバルサです。しかし、この作品群において、読者が感情移入する対象は必ずしもバルサだけではありません。

たとえば、この『精霊の守り人』においては、上述した30がらみの練達の短槍使いであるバルサ、第二皇子でありながら水の精霊の卵の宿主となり宮殿を追われた少年チャグム、バルサの古くからの知人であり山間にて呪術を生業とする青年タンダが話の中心になっていて、女性はバルサに、男性はタンダに、子供たちはチャグムに、それぞれになりかわることができるように思います。

殊にバルサとタンダの30前後という年齢の絶妙さは、バルサ自身が作中で語るようにチャグムくらいの大きさの子供がいたとしてもおかしくなく、その意味で父母として共感する余地があるし、そして、未婚であることで未婚の若者感覚も残している。

もちろん、トロガイ師のような視座から読んでも面白い。

また、星読博士として政治というしがらみに絡まれたシュガの立場に立っても良い。

こうやって多様で確かな感情移入の依り代が用意されている上、ここに描かれている人間の強さと弱さ、そしてそこからくる組織の非常さと個々の人間の温かさは、とても細やかで現実味豊かだ。

権力の抱える闇を描きつつ、一方で幻想の美しさも描くバランス感覚。

民俗学者というバックグラウンドを存分に生かした作劇がすばらしい。

12歳前後からそれ以上の年齢のすべての読者にお勧めできるファンタジーの傑作です。

小学校低学年にはかなり難しいかもしれませんが、再読によって印象が変わるというのも一興。

文庫化によって手に取りやすくなったというのはとても喜ばしいことですし、大人が知って子供に薦める姿は理想的と思います。

個人的に、子供には厚いガードカバーで読んで欲しいですね。やっぱり厚みがあると読後の達成感がとても強くて、読書する自信につながります。(子供には分厚くて面白い本を与えるべきと思います。)

ところで、この作品はNHKでアニメ化されています。

そちらの出来も素晴らしい。

ですが、アニメスタッフは少し思い切った改変を2、3行っており、その点が気になる方はいらっしゃるかもしれません。特に、ラルンガとの対決に出てくる武器がちょっと意表をつかれると思います。(僕はかろうじて十字軍の戦いで使われた火炎放射器を連想して、落胆を踏みとどまりました。)

それ以外は、たとえば夏至祭りの映像やナージのわらべ歌などの細部にもこまやかに気持ちが入っていたし、なにより映像が美麗で素晴らしかったです。

余談ですが、解説に恩田陸氏が一筆寄せていまして、それについて恩田陸氏は『ゲド戦記』などを読んで「読むのが遅かった」と感じているようですが、それは間違いと思います。子供の目は、いつでも思い返せるものです。子供の時の毎日を生きる感覚、いろいろな物が自分よりも大きくて、大人はみんな自分より力強く、賢くて、自分がちっぽけだったころ。それを思い出せるかどうかはちょっとした心の持ちようで、訓練すればすぐに取り戻せます。そして、子供の目を思い出してから、また大人の世界を見てみると、もっと多くのことがわかるようになる。ファンタジーとはそういう訓練をするためのものだと思います。

だから、恩田陸氏はもっと素直にファンタジーを読み直してみて欲しいと思います。

僕は、恩田氏はSFよりももっと純粋なファンタジーのほうが向いているような気がするからです。