松岡圭祐『催眠 完全版』角川文庫/読書感想

氏のデビュー作の完全版。

つーか、タイトルに「完全版」って付いてないと安心して買えないので別作品はスルーしてしまった。

・・・やっぱり諸刃の剣だな、この完全版商法・・・。

さて、これまた修正がすごそうな作品。

修正の甲斐があったのでしょう、とても良い作品です(という評価にならざるをえないのもまたこの商法の宿命かな)。

特に、最後に治療が完成するシーンは、ひさしぶりに小説を読んでいて驚かされました。

(いや、「ずるい!」というのも含めて)

その前の、事件が解決するシーンで物語が、すとん、と落着した感じがして、「ああ、ここまでが未完全版のラストだな」というのが直感できた後、それで緊張が解けていたというのも驚きが強くなった原因でしょう。(※「不完全」ってのも変だし、完全版になる前の”未”完全っていう微妙な表記をするしかない気がする)

ただ、作中にいわゆる一般にイメージされるような「催眠術」は登場せず、更に、「催眠療法」も詳細な叙述を伴ったりして登場したりもしないので、ちょっと『催眠』というタイトルには違和感が残りました。

読み終わるとそれが、人間心理をしっかりとした現代精神医療の観点から描こうという真摯な姿勢へと印象が変わるんですけどね。

作品の中心は、ある女性に解離性同一性障害―いわゆる多重人格障害の疑いがあり、おせっかいな臨床心理士が彼女を救おうとして事件に巻き込まれる形式となっています。

この病状が、まあ、僕は門外漢ですけど、正確に書かれてるんでしょう。

そして、他二つの事件性は低いながら、二人の患者に発生した問題を解決するために、臨床心理士の技術が使われ、それが解説を兼ねるという形で進みます。

サスペンス性は低い。

エンターテイメント性も高くない。

けれど、上手い作品。

ところで、作中に『ライアーゲーム』で考えるときの視線の方向で過去のことを考えているか、架空のことを考えているかがわかるという話を、『ライアーゲーム』と作品名を出して否定しています。しかも解説によると、完全版になるまえの『催眠』ではこの説を実用として使っていて、他の創作作品に流布するきっかけになったそうです。てことは、甲斐谷忍としてはすっかり涙目な展開じゃないですかね?ひどい話だ……(苦笑