どちらも川/夢日記

■071210.mon-2

世界でもトップ3に入る海運会社の女社長に関する記事を書くために俺はこの船に乗っている。

不思議な女性だ。どこまでも遠く見透かすかのような目。じっくりと見れば小皺を見つけ出すこともできる。しかし、全体的な印象は若く瑞々しく精気に満ちている。

(これが半世紀もの間、ワンマン社長として生きてきた女性のバイタリティなのか…)

俺は慨嘆せざるを得ない。

その鋭い視線に射すくめられほとんど操られているかのような気分でインタビューを終えた俺は、社長のお誘いに従って操舵室へと上った。

世界最大級の輸送船が大河を悠然と下る。

操舵室からの景色を睥睨する社長の姿はさながら女王のようであり、彼女の視点は遠く雲の上にあるのではないかと俺は夢想した。

俺は河口の街で船を降りた。

その女社長の夫である人物に会うためだ。

その男は素朴なみやげもの屋を営んでいた。木製の玩具や調度品が並んでいる。

誰が見ても意外に思うだろう。しかし、俺は逆に心のどこかに安心感を感じた。

「やあ、来たね。どうだった、彼女は?」

そう言って男は笑って見せた。

「…あの方は、まるで我々とは違う生き物みたいですね」

俺は率直にそう言った。

「そうか…」

男は特に怒りも笑みも見せず、ただ頷いた。そして、インタビューが始まった。

インタビューが終わり、俺が辞去しようという際に男は俺に是非とも灯台に寄るようにと言った。

夏至の儀式を取材なさったんだろう?今日はちょうど冬至の儀式だ。両方参加されるのもよかろう」

既に話は通してくれているらしく、元々余った時間は観光に充てるつもりだった俺は断る理由も無い俺は素直にその灯台祭りへと足を向けた。

それは古い灯台で、春分秋分夏至冬至に燈火を持った歌童が入り口で季節の歌を歌い、燈火を種火に新たな火をくべる儀式が行われているのだった。と言っても、電気化が成った今は単に儀式だけしか行われないのだが。

夏至の時に来て秋分に来なかったので半年振りということになるが、儀式の主催者はしっかり俺のことを憶えており、非常な歓迎振りで喜んでくれた。

歌童は夏の時とは別だったが、やはり女の子だった。しかし、夏の子とは異なってどうやら人見知りする質らしく、ぎこちなく微笑みかけても表情は硬いままだった。

そうこうしてる間に時間になった。

見計らったように粉雪があたりを舞い始めた。ほとんど奇跡としかいいようのないタイミングに俺は神妙な気持ちになったが、周りの地元民達はさもそれが当然かのように平然としていた。

そして、歌が始まった。

 こなゆき ちりて

 しんと ふかくつもりゆき

 ほの おどる いろりばに

 みなひと つどう

 ゆげ くゆる いまに

 にこやかに えみ かわしあい

 ほがらかに ゆうげを かこむ

 ゆき ふる さとの ゆうべ

静かながら温かな歌だった。

夏は儀式の後にはうなぎを食おうと傍を流れる川で石でうなぎを打ち殺して食べたが―。

冬は冬らしく、ということか。

□ □ □ 

歌は「こなゆき」って言葉が入ってたくらいでほとんど歌詞は憶えられなかったのだけれど、無いとどうも雰囲気が出ないので自作しました。

だいたいこんな感じの歌だったと思います。

今日の夢日記はもう一個あって、そっちはちょっと少年漫画っぽい。

■071210.mon-1

衝撃で室内灯が壊れてしまったので街灯による逆光となってその闖入者の姿ははっきりとは見て取れない。しかし、ベランダの窓から飛び込んできたそれには明らかに巨大な羽が生えていた。そして、

(これは―人間なのか!?)

大きく広げられた羽の根元がつながっているのは、鳥ではなく人間であるようだった。

「お前も同類かっ!」

渡良瀬が踊りかかり、左の拳を振るう。拳を軸に生じた竜巻は室内の紙類などを巻き込みながら闖入者を外へと押し返した。闖入者は羽を動かして体勢を立て直そうというそぶりを見せた。しかしそこへ牧村がベランダから飛び出してゆく。

「何か知ってそうな奴を逃がすわけにはいかん!」

そう叫ぶ牧村の拳が黒く染まっていく。そして鋼鉄の一撃が闖入者に叩き込まれた。

「ぐぇぶ!」

“く”の字に折れ曲がった腹からそんな声ともつかぬ音が漏れた。そして激しい落下音。

「牧村、油断せず押さえ込め!私もすぐ行く!」

そう言って渡良瀬もベランダから飛び降りた。まったく、もうここが2階だとかそういうことを気にするレベルではないようだ。僕は無能力者らしく屋内の階段を使って階下に下り、玄関の靴はつっかけて急いよく飛び出した。

街灯の下、二人は静かに一人の人間を見下ろしていたが、僕の足音に気がついて振り返った。二人は深刻な顔をしている。

「何が……」

僕は先ほどの勢いをなくしてそっと二人に歩み寄る。すると、二人の間から倒れている人間の顔が見えた。

「迫田……先生!?」

それは学校で見慣れた顔だった。僕が二人と同じ認識に至ったのを見て渡良瀬が口を開く。

「どうやらそうらしいな……だがこれは―」

「あなたたち!そこで何やってるの!?」

渡良瀬の発言を遮るように若い女性の声が響いた。三人は驚愕はしたが身構えなかった。先ほどは迫田先生が窓を破る寸前にガードの構えを見せていた二人までもが棒立ちしていた。声に聞き覚えがあるからだ。

「寮の門限は過ぎているはずよ。どうしてこんなところをうろうろしてるの?」

そう詰問口調で言いながら街灯が照らす明るい場所に入ってきたのは紛れもなく僕たちの担任、葛城先生だった。あまりの衝撃に誰も口を開けないでいる。

「どうしたの?そこに倒れているのは誰?……迫田先生!?」

葛城先生が迫田先生に駆け寄るのを僕らは呆然と見送った。僕ら三人はきっとたったひとつの疑惑を反芻するのに精一杯だったからだ。

(どうして葛城先生がこのタイミングで駆けつけられるのか?それは―それは―)

葛城先生がしきりに声をかけるが迫田先生はまったく起き上がりそうな様子はない。それはそうだろう。牧村の拳を受けて立ち上がった者なんてこれまで一人もいないのだ。

「……だめみたいね。迫田先生は私が病院まで連れて行きます。あなたたちはもう寮に戻りなさい」

あきらめた風に立ち上がった葛城先生はそう僕らに言い渡した。その屹然とした様子に何か普段の葛城先生と違うものを感じ取り、僕は思わずのけぞった。だが、渡良瀬は却ってそれによって勢いを取り戻したように食い下がった。

「私たちに事情を聞いたりはしないのですか?」

渡良瀬のセリフもそれを言う態度も、夜遊びが露見した生徒のものではなかった。背丈も同じくらいの二人の女性の間に張り詰めた空気に残る男二人が息を呑む。

「……事情は迫田先生からも聞けます。あなたたちと話すのも明日で十分でしょう。とにかく今は寮に帰るのを優先しなさい。分かったわね?」

静かだが威圧感はびりびりと伝わってきた。しばしの間、二人は凛然と互いの視線を無言で戦わせていたが、やがて渡良瀬から視線をはずし、同時に踵を返して歩き出した。

それにあわせて空気が和らぎ、牧村も無言で渡良瀬のあとを歩き始める。僕はその変化に一瞬戸惑い、それで歩き始めるのが遅れた。それであわてて葛城先生に頭を下げて、それから二人の後を追って早足で歩き出した。

二人に追いついたのは最初の角を曲がる頃だった。

「臭いな」

最初に口を開いたのはやはり渡良瀬だった。

「ああ」

短く応じたのは牧村。こいつは喧嘩の時以外は本当に口数が少ない。

「あの―葛城先生と迫田先生はグルだと考えて間違いないだろうけど……」

二人が明言しないことを言語化するのはいつも僕の役目だ。

「まさか学校全体を疑ったりは……?」

「そのまさかだと考えたほうがいいだろうな」

渡良瀬はきっぱりとそう言った。牧村も頷く。いつもいつもこの二人は最悪の事態を想定して行動する。しかし、それはあまりにもシビア過ぎる想定であることがほとんどだ。

「―確かにそう考えるほうがもっとも安全かもしれない」僕はそこに一般的な見解を加える役だ。

「でも、僕は先生たちに味方はあまり多くは無いと思う」

僕の発言に二人が興味を示した。

「何故そう思う」渡良瀬が僕に続きを促す。

「迫田先生の襲撃で僕らを外におびき出し、葛城先生に発見させて僕らを寮に帰らせる予定なら、迫田先生は牧村の一撃を敢えて受ける必要はないだろう?」

「敢えて?でも迫田は完全に気絶してたぜ?」

「それは多分牧村の一撃が予想以上だったからだと思う。葛城先生の態度を見るに、迫田先生の正体が露見することは予定通りだったんじゃないかな?」

「先生たちは僕らにあの家を探られては困る理由があった。だから邪魔をした。じゃあ何故、家に入る前に阻止しなかったのか?それは、僕らにもあの家にも監視をつける人的余裕が彼らにはなかったということだ。それから、迫田先生たちは極めて短時間に僕らの襲撃に乗じて正体を明かすという決断を下している。これは大きな組織には不可能な限りなく現場に近い場所での判断が下された証拠だと思う」

「確かに、大きな組織であればもっと慎重であるはずだな」渡良瀬が相槌を打ってくれる。

「つまり、学校全部が先生たちと同類ってことは無いと思う。まあ、『明日の話を聞く』っていうのがこちらが話を聞かせてもらえる可能性が高い以上、推測しても無駄なことだろうけど」

「明日の話については私も視線から感じ取った。彼女たちは追い詰められており、私たちにも警戒している」渡良瀬が彼女の私見を加える。

「それから、この推測のもうひとつの結論として、今現在僕らは監視下には無いな。きっと」

「!?」僕の暢気な口調とは裏腹に二人に緊張が走り、そして二人は元来た道を猛スピードで駆け出した。

「ちょっと!二人ともどこ行くの!?」

「決まっている!監視がないのならば奴らのねぐらをつきとめる!」

「確かに、先生たちが敵か味方かははっきりしてないけど、そこまで警戒しなくても~!っていうか、先生たちが帰れといったのはきっと他の襲撃者が―」

その時、確かに絹を裂くような女性の悲鳴が聞こえた。

僕は走り出していた。二人は悲鳴の聞こえた方向へと進路を変えた。川の方だ。

坂の上から川を見下ろせる位置にまで来た。川に緑色の塊が浮いており、その上に男が女性を羽交い絞めに捕らえている。

(…昂奮して完全に暴走してるな。それにしてもあれはどんな能力だ?)

走りながら考える僕の目の前で、超人的走力で現場に先着した牧村が飛び掛る。しかし、その拳は届かなかった、かわされたのだ。牧村はそのまま増水した川の濁流に飲まれていった。

(正面から行ってもかわされる。奇襲が必要だ)

そう考えた僕は進路を曲げて川と並行する川沿いから一本入った道を進み、あの船(?)の前を取る作戦に出た。するとそこには渡良瀬が居た。

「あのバカが」僕を見てそう言った渡良瀬は、続けて「女を頼む」とだけ言って走り出した。

僕も彼女の後を追う。一体どうするつもりなのかはいつも話してくれない。しかし、だいたいこの二人は力技しか選ばない。

「くらえ!」渡良瀬の力は竜巻だ。影響半径はめちゃめちゃに広い。最初の一撃で羽交い絞めにされていた女性が男の手を離れた。気絶して川に落ちる女性を僕が空中で掴む。僕は一緒に川に落ちた。川に落ちる瞬間に見たものは船の構成物がタイトルが書かれた面がパルスをデザインしたもののみというごく初期のファミコンカセットが巨大化したものだという事実だった。

(レトロゲーマーかっ!)

心の中でそんなツッコミを入れつつ、なんとかして水面に浮き上がることに成功すると、そこへバラバラになった巨大ファミコンカセットが流れてくる。僕は必死で下流に泳ぎ、なんとか川へと降りる階段を支える柱の蔭へと逃げ込むことに成功した。僕がほっと息をつくと上から声が聞こえた。

「大丈夫か?」

力を使った後の能力者はなんだあんな満足げな笑顔を見せるのだろう?

□ □ □ 

異能力ものにしては珍しく僕は一般人視点です。

しかし、これは夢を見ながら物語を構築している典型例なんですね。

僕は僕の思考しか担当していないように見えますが、他の二人の思考も僕のものなんです。

どういうことかというと、僕が受動的な役で二人が能動的な役という役割分担の中で、与えられた初期条件(この場合は襲撃者とすぐに現れた葛城先生)に対して僕が考えたこと「反撃せねば」「この二人は怪しい」「しかし、味方は多くないだろう」などが、受動的な思考は受動的な役の発言に、能動的な思考は能動的な役の発言に割り振られて行っているだけなのです。

そして、「現在は監視されていない」→「ということは、あの二人は追跡できる」→「しかし、それは失礼だから追跡は不首尾に終わらなければならない」→「まったく別方向に事件が発生」

という流れはある程度連想されたものなのです。

こういうケースは完全に夢をコントロールしている例ではありませんが、夢に対して弱い支配力は常に及んでいるだろうと言える根拠になると思います。

もちろん、明晰夢を見たこともありますけど、それとは違うレベルでの夢と意識の関係性に関しての一私見です。