全知全能について/侏儒雑感

ちょっとトレーニングとして考察を楽しんでみる。

脳トレみたいなもんです。

さて、

全知全能の存在を仮定しよう。

全知とは―とりあえずこの宇宙内に範囲を限るとして―その内で発生する事象のすべてを知ることができる、ということである。

全能とは、思い立ちて即ち能わざるなし、ということである。

つまり、全宇宙の事象を把握し、それに対して何らかの対応を考え、それを必ず実現させる存在こそが全知全能の存在である。

さて、そんな存在は自己の実在を把握できるであろうか?

我々人間には肉体と言う限界が厳然と存在し、知覚し運動する肉体と、それに対して知覚され、行為対象となる自己以外を認識する。

全知全能の存在の知覚は人間のそれを超越し、なんらかの方法で全宇宙の事象を知覚する。そして、知覚して何か思考し、行為を為そうと考えた時、その行為は決定された瞬間に実現される。

さて、この時、彼に肉体を想定する意味はどこにあるだろう?

全知全能の存在の実在として、最初に人間の似姿を最初に想定するとしよう。

彼はその全能ゆえにいかなる場所にも移動できる。しかし、全知であるがゆえにいかなる場所に居てもその知覚しうる範囲は全宇宙であるのだから、移動する意味は全く無い。

人間なら、その小ささゆえに移動すれば知覚できるものが違ってしまう。

しかし、彼は全知がゆえにいかなる場所に居ても知覚するものは全く同じなのである。

肉体にしてもどうようである。彼は思えば即ちその形状へと変化し、そしてその「全知全能」という力を失うことは無い。いかなる姿であっても全知にして全能なのである。

仮定した人間の似姿は意味を失い、彼は全宇宙そのものの姿となっても何らの問題も生まれ無い存在であることが理解されてくる。

もう一度別の角度から検証してみよう。

全知全能の存在が、二人の人間の思考を同時に捜査するケースを考えよう。

そのうち一人は例えば僕だとして、僕の思考を操って彼の思考と同じものを脳裏に与えたとする。僕はそれに全く抵抗できず、全知全能の存在が僕に与えた思考をそのままなぞるであろう。

もう一人の誰かも同様に、全く抵抗を覚えることも無く全知全能の存在が与えた思考をそのままなぞるであろう。

この過程をたとえ人数を全地球の人間、全宇宙の知的生命体にまで拡大したところで結果は同じであろう。

つまり、我々の思考はその全知全能の存在の思考に全く左右されてしまう。

彼が例えば人の似姿を持って存在していたとして、彼にとっては彼以外の知的生命体と自身とを区別する術は何も無い。その似姿が「私は全宇宙を支配していると妄想している存在である」可能性を彼は自覚するであろう。彼の全知性は、他の知的生命体との交渉によって、彼が相対する知的生命体が知りえないことすら知っていることを証明することになり、それは不可能である。彼が自己の全能性の証拠を求めて、常識とされる物理法則に逆らう事象が発生するようにしむけたとしよう。しかし、その事象は未知の物理法則が新たに現出した事例として取り扱われたり、または、何らかの事件によって(重力などの四つの力が宇宙の形成過程で分かたれたように)物理法則が変化したものと認識されるだろう。それは、その似姿のみが全知全能の存在である証拠には成りえない。

逆に、全知全能の存在が「物理法則に任せて私は何も為すまい」と考え、実際にそうしたところで、それはそれで全知全能の存在の無為の為の結果であると言えよう。

さあ、ここにおいて、全知全能の存在の行為は全く全宇宙の挙動であり、物理法則およびそれに支配される全宇宙のすべてが全知全能の存在そのものであると結論したところで、その飛躍は果たして無遠慮といえるだろうか?(ある意味では無遠慮だが)

逆を言えば単に、「全宇宙そのものは全知全能の存在である」というだけのことであるのだが。

逆は真ならず、ということもあるしな。…だが、論証は不完全に終わったようだ。

さて、この考察の派生として、「我々は不完全な部分であるからこそ、自己の存在及びそれを包む全体の存在を知覚する。そして、すべてを知ろうとするのだが、それは不可能であり、その努力は実際はすべてを説明する普遍的法則―これもまたすべてを構成する要素の一つに過ぎない―を見出すことに向けられているのである」という考察も得られる。

最後に、この記事に宗教的含意は一切無いと断っておく。

単に、「何故物理学者は法則性の譬えに神を持ち出すことが多いのか?」ということを考えていたときに、ちょっと発想したことを延長しただけのことである。

同じものを見ていると思っていても、人々は実際は少し異なるものを見ている。

(071108追記)

別角度から似たような問題を書いて見ました。寓話ですけど、興味ある方はどうぞ。

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