目覚め、他/夢日記

■070910.mon■

母が運転する車が迎えに来た。

目の前に車が停車し、僕はドアを開く。

乗り込む瞬間に目線が木々の隙間の夜空を捉えた。

夜は深く、星は無い。

(また、夜か……)

僕は漠然と思った。

母が運転しながらあれこれと今日のことを訊ねてくる。

僕はひとつひとつ答えながら、頭の奥の方で全く別のことを考えていた。

(過去に戻ってもう随分経つな……。全てはうまく行っている。未来の記憶を持ちながら過去をやり直すなんてマンガみたいなチャンスを活かさない手はない。うまく……うまくやらねば……)

そんなことを真剣に考えていた。

僕は学生服を着ていて、今は高校からの帰りなのだ。

車はほどなく駐車場に着いた。車を降りて自宅に向かう。母が僕に申し訳なさそうに言う。

「ごめんなさい。夕ご飯残って無いんだけど、お腹空いてない?」

僕は歩きながら答える。

「お腹空いてるけど、いいよ、向かいで食べるから」

僕は自宅を前にしてそう言った。そして、向かいの居酒屋を見た。母はもう一度詫びを言ってアパートに入っていった。そして僕は居酒屋へ向かう。

この居酒屋はラーメンがうまいことで有名で、ラーメン以外にも色んな惣菜が食べられるので僕はよくここでメシを食う。

「お、いらっしゃい。今日も遅くまで勉強かい?」オヤジの気安い声が響く。「頑張ってるみてぇだから、今日も安くしといてやるよ。何にする?」

僕はラーメンを頼んだ。ここのラーメンはとんこつスープだが、あっさり系で空きっ腹にも重たくない。

ほどなくラーメンが出て来た。この早さがとんこつラーメンの最大の魅力と言えるかもしれない。ラーメンを啜りながら考える。

(うまいな……東京に行った連中はこの味が懐かしかろう。……っと、違うか。これは過去なんだからまだ誰も就職してない……僕は過去に来たんだから……)

「本当にそうか?」

突然、そんな考えがほとんど僕以外の別の声が発したかのように脳裏に生まれた。

《まだまだ続きます》

(何を疑うことがある?これが……こっちのほうが良いんだ……僕は、やり直したいんだ……すべて!)

「それは幻想だ。だったらなぜいつも夜なんだ?」

(その通りだ。毎日が夜だ。夜の記憶しかない。昼の記憶……昼の記憶は?

昼の記憶は過去の焼き直しじゃないのか?

そうだ。住んでいる所もおかしい。

ここは、どこだ?

昼間の僕は大学院の博士課程にいて、それが間違っていると感じている。でも、こっちのほうが間違いだ!)

僕はそれに気がついた。

(どうやら協定違反が犯されつつあったらしい。しかし、それは解消された。ここ数日の、あの寝起きの違和感はこれか。それにしても危険な……)

そこまで考えた時、事態は急変した。

いきなり僕はカウンターに置いていた財布を盗まれたのだ。

「あっ!待てっ!」

僕は慌てて金髪の泥棒を追いかける。どうやら複数犯のようだ。さらに連中はガタイが良く、足も速い。何らかの訓練を受けている動きをしている。

連中は店を出てすぐ道路の反対側の公園へと、柵を飛び越えて入っていく。僕も負けじとそれを追う。

僕が公園内に入った時、公園の中央広場からヘリが飛び立った。

僕は唖然としてそれを見上げる。

(ヘリだって……?そんなバカな!?)

唖然とする僕を置き去りに事態は更に転変する。

別のヘリが目の前に降りて来たのだ。

「乗りたまえ!」

地面すれすれでホバリングするヘリの中から手が差し伸べられた。僕は事態を飲み込めないままにその手を掴んでヘリに乗り込む。

「はじめまして、よしひらくん。やつらの目的は、君が時を越えてもたらした物品を解析することによって、時を越えるために必要な何かを探り出すことだ。やつら―米軍はその研究を独り占めするつもりでいる。それだけは避けねばならない。そのために協力して欲しい」

ヘリに乗っていた男がそう語る。

なるほど、そういう事態か。しかし、そんなことは無意味だ。だってこれは夢なのだから。

「無駄ですよ。降ろして下さい。僕にできることはありません」

僕はにべもなくそう答えた。

米軍のヘリは米軍基地上空へと着実に近づいている。こちらのヘリとの距離は縮まらない。

「くそっ!追いつけない!」ヘリパイロットが悔しそうに毒づく。

敵のヘリは苦も無く基地内へと降下して行き、こちらのヘリは付近の運動公園脇の駐車場に着陸した。

空はそろそろ白み始めていた。

降下して後、彼らは米軍基地に侵入してブツを奪回するから協力してくれと再三の協力要請を僕に打診したが、僕は徹頭徹尾揺らぐことなく断った。

そして、運動公園で開催される野球大会に参加した。

僕はセカンドに入った。

速い打球は捌けない。どうしても足を引っ張る。疲れたと告げて、途中で交替してもらった。

自販機にジュースを買いに行く。ジュースを取り出し口から取り出そうと屈んだ時に、後ろから声を掛けられた。

「野球、好きなのね」

振り返ると女性が二人立っていた。一人は壁に寄りかかって気だるげにたたずみ、もうひとりはきまじめな顔をして直立している。

気だるげなほう―服装も派手だし露出も多い、髪は明るい赤系に染めていて、口紅も深い紅。二十歳は大きく超えているだろう。それにしても化粧が濃すぎる気がするが、美人だ―が言う。

「さあ、一緒に来てもらいましょうか?」

明らかに言葉足らずの誘い文句である。しかし、間髪入れずにもう一人の女性―こちらは二十歳にはまだ二つ三つ足りない、若い女の子だ。というより、制服姿なのだが。丸縁のメガネを掛けていて、どこか気弱な印象がある。化粧っ気の無い、瑞々しい肌が好感できる文科系のおっとりさん、といった感じで、僕はすぐに好意を持った―が補足を行う。

「おじいさまがお呼びですので、お迎えに上がりました」

まったく、今夜は状況の変化に法則性が無い。しかし、女性のお誘いに敢えて逆らう心境ではなかったので、大人しく彼女らに連れられていくことにした。

広い会議室に十指に余る人数が集まっている。

多くはしかめっ面して鹿爪らしい説明を繰り広げる五重がらみの重役連である。

残りが僕と、先ほどの女性の年増なほう。明らかに二人して浮いている。

配布された資料もいきなり目を通して理解できる量ではない。まったく、見知らぬお爺様とは一体何者で、僕に何をして欲しいのやら。

僕はうんざりして回転椅子をくるりと回し、後ろの書棚を振り返った。社史がずらりと並んでいる。ずいぶんと歴史の古い会社らしい。

僕はそろそろかなぁと思って、

□ □ □ 

夢からお暇した。

ここ数日、朝起きて感じていた妙な感じが破られた、というお話。

起きる直近の夢はまあいいとして、それ以上の何かに違和感を感じていた正体。

解決。