とりとめもない/凹

月曜日ぶりです。

今週が終わろうとしている…。

まあ、世の中いろいろありますから、ちょっと抵抗力が下がってると風邪もひきますわな。

火曜日は朝っぱらからアレでしたし。

完全にアテられて、こんな記事書きました(以下、引用内はボツ記事)

何の話かというと、会津の件ですね。

朝っぱらから暗い話です。

最近、遺棄を平易にする目的以外の切断が多い気がします。

聞くところによると、力の弱い者が死体を隠蔽する際に、運搬を容易にしたり、隠蔽の労を少なくしたりする目的での死体損壊は昔からあったといいます。ちょっとした歴史小説で、飢饉のむごさを語る上で埋葬するために子が親の死体を分解するという話が出てきたりもしますしね。重たいから、大きいから、切り分けて軽くして運び、小さくして隠す面積を小さくする。

これが古くからある目的ですが、比較的最近、猟奇性と位置づけられるケースも増えてきて、メディアなんかでは「バラバラ死体、即、猟奇殺人」という短絡も頻繁に見られます。

レクター博士のシリーズとかですね。でも、実際はこのケースはあまり多くないと思います。人はそんなに簡単にこういう方向に狂いませんから。

敢えて言うなら、殺人を犯し、犯行を隠蔽するまでの間、その人は狂っていると言えます。しかし、これらの猟奇殺人は犯行の前後で一貫して狂っているのです。そういう、恒常的な狂気の状態に陥っている人の割合なんて正気の人が狂気に囚われる確率よりも低い、と思います。

しかし、最近のは事情が少し異なって、切断することが目的化しているような気がします。上に挙げた二つの目的のように切断の後に目的があるのではなく、切断そのものに目的がある、という意味です。

単なる推測ですが、生き返りを防ぐ目的での損壊、です。

以前犯罪史にすこし触れた時に、こういう例があったことを憶えているので、過去に例が無いわけではない。しかし、科学全盛の時代に(…あるいは、スピリチュアルとか言われる昨今は、もしや全盛の時代が過ぎてしまったのかもしれませんが…)これが増えている気がするのです。

これ以上、暗い気分になりたくないので調べたくないのですが、個々最近、怨恨による殺人で死体損壊についてそういう供述がなされたケースが1、2件あったように思います。

勝手に推測するに、一心に加害した結果として確かに対象は動かなくなったが、本当に将来に亘って動かないことが保証されたという確信が無い。だから、あの小説や漫画や映画のように、四肢や頭部を切断しよう、ということではないでしょうか?

彼らにとって恨みの対象とは一種のモンスターであり、日常とはそのモンスターと一緒にそのモンスターが作り出す不可視の檻に入れられているようなものなので、生き返るのではないか?という疑念に囚われたり、力無き自分では殺しきれていないのではないか?そういう心理に陥ってもおかしくないと思います。

そして、そういう思考の元になっているのは、上では3つ挙げましたけど、実際には映画が一番影響してると思います。こういう事件が起きると、すぐに漫画のせいにしたり一部のマニアックなホラーに矛先が向きますけど、触れやすさから言って、テレビ放映の映画ってのは影響が大きいと思います。それは、直接的な影響力のほかに、一般的なテレビ放映の映画でああいうものをやるからには、深部ではもっと猟奇的なものに到達してしまう、という間接的な影響も含めて、です。入り口が浅ければ深部に到達するものは減る、という見方です(深部に到達するものは居なくなる、とは言いません。到達者は絶対に生まれます。しかし、絶対数は減るでしょう)。つまり、社会全体の良識が低下した結果、悪の底が深まっているのでしょう。

映画が生まれてからこのかた、視覚的な刺激を追求していった結果がこれなのかもしれません。

映画とは、二次元と三次元の中間の存在ですが、結局は架空です。

演劇が実物であったためにできなかったことができてしまう。

演劇で偽者の腕が飛ぶシーンで気絶する人なんて、今はそういないでしょう。

人類全体が、少しずつ非情に慣れていっているのかも。

幻想中毒というか、慣化ですかね。

戦争状態でもないのに残虐に慣れていく。この状況下では、キノウテキに現状が戦争状態であると言っていいように感じます。

相変わらずまとまりがないですが、そんなことを思いました。

(追記)

あ、どうやらこのケースは①あるいは②の断念例っぽいですね。

どっちかはわからない状況で書いていたのですが……

何か、事情が鮮明になって行くにつれて「何か空気読めてない」感がが顕著になっていく……。

クウキヨメナイ!イクナイ!(←悪影響受けてる)

じゃなくて、単に先走っただけか。

ところで、こういうのに対して生理的嫌悪感を素直に感じられる正常な人が羨ましいです…。「吐きそうになりました」って吐き捨てるように言う後輩を見て、『あ、あれが普通の反応か』とか思ってしまった俺はやっぱりストレンジャー。

(追記2)

あ、さらに思いついた。

遺棄するのが目的なんだけれど、ついでにちょっと猟奇的な部分を発揮するケースと解釈できるものも存在する気がする。

…とか、このブログのいつもの流れじゃないんだけど…ああ、どうしても・・・

灰色~くなってます…なってました。

どんなに厳重に封をしていても、どうしても引っ張られてしまう……。それを引っ張り返すことはできるけど、でも、こういうのは僕の暗黒をひきつける。

鬱々真っ盛りだった頃、自分が憎かった頃、そしてその反動として世界を、具体的でなく抽象的に、憎悪していた頃、暴力的で残虐な妄想を抑え込んでいたのは家族や友人との関わり合いの記憶で、それがぴしっと張力を保っていたから、完全に落っこちずにすんだ。

でも、それすらも憎かった。憎しみは憎しみだけにならなければ、具体化しない。憎しみが全てにならねばならない。そう、憎しみで独立しようとして、憎しみによる暴力を妨げる優しさとその優しさの源を憎んでいた。憎しみが自由になるための最初の障害を排除しようと考えていた。だから、最初の矛先は家族を考えた。その最初の障害さえ乗り越えてしまえば、後は誰でも良かった。

…と、思えてしまったことがあるから、だから、引っ張られる。

でも、それを抑えきったからこそ僕はまだ生きているわけです。

憎しみは燃え尽きるけど、優しさはそうはいかないから、そんなことになったら僕は生きていけないわ。そう思うと、緩慢に死にたいと思ったけれど、でも、死んだら家族が悲しむのよ。そう考えると、死ねない。

これを循環と呼んでいます。

とにかく、弱っていると、どうしても引っ張られる。

本当に風邪みたいなもんで、熱っぽくなるし、でも、気になって仕方ない。哀しいから。

僕らの世代はこういうニュースに触れすぎている。

劇場型以後だからだろうか?

僕は1981年生まれで、1989年当時8歳だった。

宮崎勤の事件のことは、両親は隠そうとしていたけれど学校でも話題になったし、漏れ聞こえてきた情報が断片的に頭に残っている。あまり思い出すことは無かったけれど、でも、僕には妹が居たから「お兄ちゃんが守るんだぞ」と言われたことは憶えている。そして、多分それはとても重要な鎖だ。

ところで、特撮ヒーローが減ったりしたのはこの影響だったと言うし、ホラー映画も親から見せてもらえなかったりした。オタクがいろんな意味でメジャーな言葉になったのはこの頃からだろう。

それから、湾岸戦争があった。

これもあまり憶えていないけど、闇夜に緑色のスカッドミサイルが飛ぶシーンは鮮明に憶えている。そして、街が燃えていた。

その後、バブルが崩壊した。

閉塞感がすごかった。冷夏が2年おきくらいでやってきて、環境問題がクローズアップされてきていた。環境庁がどんどん出世したよなぁ。それから、少子はともかく、高齢化が問題になり始めた。過疎とか教科書に載ってた。とにかく、世の中はどんどん悪い方向に向かっているという感じがあって、その原因は大人たちだと思っていた。そんで、「それを何とかするのは未来の希望のあなたたち」って感じで、そのくせ大人は責任逃れとか平気だった。会社が倒産すると言うニュースが流れて、社長が頭を下げるのを何度も見たような気がする。大人は自分のことしか考えてなかった。

いじめも、問題が大きくなってた。

多分、マスコミがワイドショー式になってから二度目のいじめブーム…だったのかな?社会現象になった。あれは、1994年だったみたいだ。中1の時だな。あ~、…やれやれ。年明けにはジャンプに「元気やでっ!」とか載ったし、社会全体が問題視してたけど、要は「こんなの解決に繋がるわけないよ…」という感じだった。まあ、でも、「マシな部類だからもうちょっと頑張ろう…」とは思えたかな…(遠い目)…あの頃は、ひねてたなぁ。自分よっか頭の悪い連中に殺されてたまるか、とか思ってた。でも、そんなプライドは逆効果でしかなくて、結局僕を生かしたのは、すぐ泣く癖だったろう。すぐ泣くから、思わず手を止める。郊外の人口増加地域だったからなぁ。たいしたことなかったろう。都会だったら年季の入ったススンダ方法があったろうし、もっと田舎なら田舎だったで、もっと根源的なものがあったろうと推測。まあ、そんなことがありました。

それから、1995には阪神・淡路大震災があって、たくさんの人が死にました。自衛隊の出動が遅れたんじゃないかとか、いろいろ問題が起きた。

でも、ボランティアが社会的に認知されだしたのも、この時期からだった。人のつながりって大事だなぁ、と思わせてくれた。

でも、いじめとからめて半強制的にボランティアをやって人間性を育てるとかワケわかんないことが盛んに行われ始めたのも、この頃だった。当時もアレは大人の欺瞞だと思ってたよ…。

善意とは、阪神大震災で被災した神戸の人が、その後の他地域の自然災害の際に恩返しを惜しまなかったように、そして、地震が起きる度に、その前の被災地から支援物資が送られているように、誰かが自由意志によって始めたものが、回り回っていくものであって、そもそも順序が逆なんですよ。善意があるから意味があるんだ。というか、教育そのものが、先生の善意に拠らず権威に拠っている時点で、すでに脆弱だ。

あ、話がそれた。いや、それてないか。

とにかく、損なこんながありつつ、不況は続き、そして不況って事で、とにかく良い大学に入って、公務員、ってコース設定が人気になった。多分、今の勝ち組、負け組ってのはこの辺からだな。就職氷河期よりも上の世代は、みんな勝ち組で、例の「赤信号 みんなでわたれば 怖くない」の時代の最後の人たちだから、平和。でも、僕らの世代は青信号は本当に競争で、赤信号はチキンレースだった。青信号ってのは大人が勧めることで、赤信号は大人が禁じることだ。僕はチキンだったので、赤信号は苦手だったな。

モラルが崩壊し始めたってこと。まあ、モラルは崩壊し続けるものだけど。

で、中3の時にはエヴァが放映されてた。あれは衝撃だったらしい。

僕は見てなかった。部活やってたから。でも、あれもターニングポイントだったろうな。何かの…何かの。ガンダム以来…というか、ガンダムうる星やつらエヴァ→いろんな萌え→???…とか?サブカルサイクル?

それで、残酷なほうの目が出てました、僕ら。

で、翌年がサカキバラ事件でした。高校1年の中ごろはそんな話ばっかだったな。

漫画とかアニメとかテレビゲームとかさんざに非難されてた。でも、僕らの世代って、ジャンプ黄金期に育ったし、サンデーも凄かったし、マガジンも良かったので、メインの娯楽だったのでなぁ。ゲームやらない、アニメ見なくても、漫画見ないやつはほとんど居なかったし。非難されてもなぁ…一部の例だとみんな考えてた。

大学時代か…めんど。

いよいよ少子高齢化がリアルになってきて、報道が増えてきたよ。未納がどうのってニュースもあったよ。

それから、内部告発が増えたよ。そんでまた平謝りですよ。

んで、動燃の事故とかね。

9.11があったよ。テロの時代だよ…

で、イラク戦争、と。

拉致事件が大きく明るみに出たでしょ。北の核開発でしょ。

少年(少年って本来男女両方を指す語だからね)の残虐な事件減らないでしょ。で、少年法改正がどーのとか。DVとか、児童虐待とか、ネグレクトとか。鬱って言葉がメジャーになったし。

何か、孤独感が増すね。思い出してると。

あ、和歌山の毒入りカレー事件を書くの忘れてた。

ま、いっか。

それから、ごく最近の話。僕らの世代くらいまで理系なら大学院進学当たり前~の時代だった。僕らが院卒した翌年に就職氷河期が終わった、と言っていいんじゃなかろうか?まあ、就職活動自体は僕か敵でなくなったという意味では、変わってしまったままだけど、状況は大きく変わった。

で、こんな風な少年時代を、いわゆる、フリーターとかニートとかひきこもりとか、そういうマイナスな若者たちはやってきましたわけです。

なんで、ネガティブな話題ばっかかと言うと、人間をポジティブな人とネガティブな人に分類するなら、そういうネガティブな人はネガティブな思い出を中心に生きていくんですよ。そんで、そのネガポジの比率は半々ですよ。もちろん、個人差があって、真ん中は相変わらず愛すべき平凡さで、愛すべき優しさを持っているわけ、でも、時代の影響を受けすぎた人が、極端に走りまくったわけですよ。僕は結構なエリートネガティブですけど。まあ、そういう僕にとってこういう時代背景は、精神衛生上、良いわけが無い。

で、僕らの下の世代なんだけど、僕らは、バブルから失われた十年への転落の落差でどんよりした大人を見てきたけど、彼らは不況がデフォルトなんですよね。で、殺伐とした事件が多くて、謝って何とかしてる人たちを見て、そんで、成長したらそれなりに景気良くなってきていて、で、勝ち組・負け組?小学生時代からの常識っす。っていう世代ですよ。多分。ネガティブな人たちには良いじめじめした環境です(毒笑)

…って、何て暗い記事なんだ!

自分で驚くよ…

……なんか、とにかく、大人がしっかりしないとなぁ…。

イイ背中はどこに…?

島本せんせーの「サンタになれ!」を思い起すんじゃよ…

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