レッカー/夢日記

■070413.fri

「彼はこの大学のOBでこの建物の事もよく知っている。案内してもらって、しっかりイメージを掴むように」

サングラスを掛けた30代半ばの男がそう言って俺を紹介した。

案内しなきゃいけないのは20歳前後の若い女性で、とても綺麗な人だ。

そんな俺に学科長がそっと耳打ちをする。

「今度の映画で是非うちの廃校舎を使いたいということでな。韓国期待の若手女優と言うことだからそそうのないようにな」

…ということだ。

南からの風に誘われて僕はその廃墟を振り返った。雨雲が去った翌日の、よく晴れた空の下にその薄汚れた建物は佇んでいる。壁の表面の多くに剥離が見られ、ファサードの鋭角部は欠け落ちるか風化するかして丸まってしまっている。今見えている南面には窓は一つも残っていなかった。全てが吹きさらし、雨ざらしとなっている。

「それでは、よろしくお願い致します」

声が向けられて我に返り、慌てて会釈をする。

どうやらマネージャは帰るらしい。

彼の背中をしばし見送り、学科長と僕と女性は何とはなしに顔を見合わせる。

「行きましょうか?」

妙な間を打ち破る為に僕が声を出した。風がまた北へと向かう。

ロータリー付近は破壊されつくしており、大きな溝が出来ていた。そこに昨日からの雨が溜まり、飛び石のように突き出たコンクリート片を足掛かりに渡らねばならなかった。

当然、僕は軽快に渡る。学科長も危なげない。最後になった彼女は白いワンピース姿であるし、履物もややヒールがあるミュールで運動に向いてない為、僕は特に何も言わず暗黙裡のものとして彼女に手を差し伸べた。しかし、彼女はそれにすこし口をとんがらせ、問答無用に飛び出した。飛び石へ飛び降り、飛び石から飛び上がり、校舎側に着地した瞬間はわずかにバランスを崩したが、何とか前かがみにバランスをとって大丈夫だった。彼女が顔を上げた時、僕が万一に備えて手を差し出していたを見て彼女が『心配しなくても大丈夫』とばかりに笑顔を作って見せた。僕は、気恥ずかしくて手をさっさと引っ込めた。

校舎の中は特に、というほどの事もないただの廃墟だ。

いくらかの瓦礫と打ち捨てられた家具と、すこし湿っぽい空気がどこか冷たさのある薄暗闇の中に存在している。ただ、ひとつだけ珍しいといえば珍しいのは、こういう場所は物好きが集まって荒らされる事が多いものだが(そしてそれがまた廃墟らしさとも言えるのだが)、そういう荒らされた形跡がまるで無いことだ。破壊されたものに人為はかけらも感じられない。人には壊せないもの―コンクリートの壁や、スチール製の机などだけが、砕けたり、ひしゃげたりしている。

僕たちは黙々と館内を廻る。

案内役としては問題があるかとも思ったが、廃墟の中はそこでは本来呼吸すらも許されていないかのような圧迫感がある。それが、三人の口を噤ませていた。

踊り場の廊下が落ちていて、建物の中央部、ひときわ高くなった部分へは登ることはできなかった。十数メートル上の窓からすっきりと晴れた空が見えた。まるで別世界のようで僕は自然と「下りましょうか」と言っていた。

帰りは正面からではなく西側の出口から出ることにした。窓から見えた少し離れた建物に、彼女が興味を示したからだった。

それは武道場だった。

中に入ると畳はなく、コンクリートの基盤がむき出しになっていた。焼け落ちたのだろうが、煤もすっかり洗い流されてしまっていた。

一本だけ竹刀が落ちていた。

「こうやって、訓練をしていたんだ」そう言いながら素振りをした。

遠い記憶だったために脚運びがなかなか上手くいかない。

しばらくやって、勘を取り戻した頃にはすっかり息が上がってしまっていた。

帰りの飛び石も彼女は手を借りなかった。

といっても、こちらは疲れていてそれに気付かなかったのだが。

□ □ □ 

青空がやたら印象に残った。

何故あの建物は廃墟になったのか?

知らない。

ただ、よく観るイメージではある。

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