モエ・かんたーびれ/夢日記
■060825.fri■
「こちらが一等客室になります」
規則正しい振動の中でも微動だにしない、老練の車掌に案内されて僕は専用の一等客室へと通された。
客室に入っての第一印象はただ「広い」だった。
壁面から天井までの色調は柔らかみのある薄いイエローで統一されていた。それはちょうど蝋燭に灯った火のような温かみのある黄色で、部屋を広く見せるのと同時に外界と隔絶された洞窟のような、隠れ家を思わせる演出効果を持っている。
そんな黄色一色の部屋でアクセントになっているのは木の肌合いを活かした調度品だ。年月と手入れを重ねて生み出される厚みのある茶色が、ゆったりと配置され室内全体の構図を引き締めている。ここが列車の中であるとは到底思えなかった。
室内を見回していると、冷蔵庫やテレビの他にコンピュータまでが設置されていた。まったく空恐ろしいほどの至れり尽くせりである。
部屋の奥に進むと、そこにはもう一室があることがわかった。
恐らくバスルームだろうと推し測ったが、一応確認のために近寄る。
すると、そこから一人の女性が現れた。
「あ、先生。ようやくいらっしゃいましたね」
(説明がめんどくさいので略すが)細身の美人だ。上品なラインの彼女にしてはシンプルなワンピースを着ている。
僕は彼女の名前を思い出す(思いつく?)。
「西之園君…」
そこまで言って僕は自分のミーハーさに呆れて絶句した。『小説の登場人物と夢でご一緒とは、想像力豊かなことですな…』そう自分に対して皮肉を思った。
しかし彼女は眉毛を八の字にして口を尖らせる。
「何言ってるんですか、犀先生?私は西園萌ですよ!?」
まったく関係ないことだが、僕の脳裏を西園伸二の肖像が頭をよぎった。つまり、一瞬だが混乱したのだ。
『何?つまり園之西君みたいなものか?何か違うルールがあって、それがどうのという…というか、僕はどう振舞えばいいのだ?』
考えがまとまらない僕をよそに彼女は僕の横を通り抜けていく。
「先生、公演までは時間がありますからゆっくりされていて下さい。私はピアノのほうを見てきます」
そう言いつつ、ベッドに置いていたバッグの中身をチェックする西園君。
「指揮、頼みますよ」
しかも、僕は指揮者か。『のだめ』か。
なんだかごっちゃ煮になっているらしい。
それに気づいたらどっと疲れた。
冷蔵庫を開けて見たが特段喉が乾いているわけでもなく、すぐに閉じてしまう。
続いてパソコンに向かい電源スイッチを押してみた。ウィンドウズが素早く立ち上がり、パスワード入力画面になる。その画面にはこう表示されていた。
<このパソコンへのログインは指揮者権限が必要です>
それは管理者権限のジョークか?
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元ネタ