じべたとひと/散文

人は鳥でもなく魚でもない。

世の中は空でもなく海でもない。

飛ぼうとしたって羽なんか無くて、

泳ごうとしたって鰓なんて無い。

だから飛べやしないし、泳ぎ続けてはいられない。

飛べる人と飛べない人の区別がこの世の中にあるのだとしたら、世の中の勝ち負けはもっと単純なのに。

大きなお金を抱えさせて高い所から落としてみたら良い。

飛べる人は高く飛ぶだろう。

飛べない人は墜落して死んでしまうだろう。

泳げる人と泳げない人の喩えが正しいのであれば、人の正否はもっと単純なのに。

理想の海に落としてみるが良い。

泳げる人は泳ぎ切ってその楽土に辿り着くだろう。

泳げない人はその海に溺れ死ぬだろう。

けれど世の中はそんな単純なものではなくて、地面の上で全ての勝敗正否は決される。

羽も無いし、鰓も無い。

足で歩いて進み、手で目で口で鼻で耳で全てを取り込む。

そうやって地面を這いずり回って、どこか辿り着くべき場所を捜し求める。

大地は、空よりも低く、海よりも狭い。

それでも人間にとっては十分に広大だ。

そして起伏に富み、様々な事物を載せて回転している。

そういう空にも海にも無い、複雑さを持っている。

だから、飛ぶ事よりも泳ぐ事よりも、人として歩く事が一番難しい。