夢日記060211

■Feb.11.sat-1

電車に揺られている。

僕は進行方向右側の席に座っている。首をひねって車窓の向こうを流れる景色を確認する。どんより曇った冬の海、海に山が迫った地形―どうやらJR筑肥線に乗っているらしい。

ほどなく、見慣れた風景が目に飛び込んできた。伊野集落である。

(※実在しない。夢で訪れるのは二度目だが、前回は書き損ねた。夢日記には初出)

特に目的は無いが、ちょっと立ち寄る事にした。駅から集落を見下ろす。

海岸と斜面の狭小な土地に、木造の平屋がひしめきあうように立ち並んでいる。

昔ながらの漁村集落。

だが心なしか前回訪ねた時より建物の痛みが進んでいるようだ。

「何とかして保存したいよなぁ」

そうやって独り言を呟きながら、僕は駅から集落へと下りて行った。

住人と簡単に挨拶を交わしながら集落の中心地である渡し場へと向かう。

渡し場に行くと、ちょうど沖にある島への連絡船が着いたところだった。船長と挨拶を交わす。

船長は頭の禿げ上がった痩せぎすの海の男で、愛想良く語りかけてくる。

「そういやアンタ。今日は時間は無いとね?こないだ行けんかった島に行かんね?」

前回の夢では時間が無くてこの船に乗るのを断ったのだ。幸い今日は時間があるような気がする。

「ああ、今日は大丈夫だから乗せて貰います」

僕はそう言って頭を下げた。船長はにこりと笑って僕を船内へといざなう。

「やあ、そりゃよかった。どうぞ中へ、どうぞ」

そう長くは無い時間の後、船は島の船着場に着いた(※実在しない)。

研究室の後輩の“ヘラクレス(あだ名)”はこの島の出身らしいのだが…(※当然、そんな事実は無い)。

家が海の上にある。

と言いたい所だが、船着場から家々までの間に海がある。元々は木製デッキが続いているらしいのだが、今は股下くらいの深さまで水没しており、水上に床が現れているところまでは船着場から15mは向こうだ。

「ああ、また水が来とる。すいませんが、こけないように気をつけて歩いて行って下さい」船長は照れくさそうに言う。

やはり歩くしかないのか、この海の中を。

幸い季節は夏。濡れても大した問題は無い。そう思い直して靴を脱いで手に持った。船からそろりと水中のデッキに降り立つ。

そろそろと二、三歩歩いてみるが、転びそうな気配は無い。少し安堵した時に、ポケットの中身のことに思い当たった。慌ててズボンのポケットをまさぐる。財布も定期券も無事。ただ携帯が少し濡れていたが、動いているので表面を拭いて胸ポケットに入れる。

そろそろと歩いて一段高くなってデッキが水面から出ているところまで辿り着いた。

こうして集落側から海を見ると、家が半ば水没しているのも手伝ってさながら南国のリゾート地のようだ。携帯電話を取り出して写真を撮る。

すると、海岸の方から大きな生き物が現れた。

アザラシだ。

「おお~、アザラシだ!アザラシだぁ!」

子供のように喜んで写真を撮る僕。

>夢の中って、自由だなぁ。

>最初は冬だったのに、島に行ったら夏になってるし。

>架空の集落に何度も行けるし。

■Feb.11.sat-2

僕はどうやらコンピュータ・ゲーム会社の重役らしい。

ここは広い洋風建築のホール。今夜はIT分野の新興企業による合同新作発表会が行われている。

僕は着慣れないスーツに身を包み、ネクタイの曲がりを気にしている。

「まだまっすぐになっていません」部下の厳格なチェックに晒されているからだ。

どうにかこうにかネクタイを修正し、僕は部下と別れた。部下は我が社のブースに張り付いていなければならないからだ。

かと言って、僕がこの会場で特にやるべき仕事は定まっているわけではない。せいぜいあちこちのブースを見て回りながら、他社の要人と挨拶を交わす事ぐらいだ。

が、それでも十分息が詰まった。

やはり人付き合いは苦手だ。

気疲れを癒そうと僕は会場を出た。

外は青い闇に包まれている。

ここは人里離れた洋館であり、夜空を照らすネオンはどこにも無い。ただ、夜空にぽっかりと白い月が輝いている。

空気はわずかに湿り気を帯びて、しんと澄んでいる。

僕は深く息をついた。呼気が白く色づいて闇夜に拡散して行くのを見送る。

ふと、僕は足を進め、洋館の前の松並木まで近寄って行った。

松の木の一つ、その下に人がいる。

白く細い手を懸命に伸ばして、木の枝に何をしている?

黒く長い髪に白い肌、細身の体に黒のロングドレス。

女性。

彼女はこの洋館の主だ。

ざりっ。人影の正体に気が付いて動揺した僕の足元で砂利が音を立てる。

それに気が付いた彼女がゆっくりと優雅に振り向いた。黒髪とドレスが滑らかに踊る。

「淳子さん、こんなところで何をしているんですか?」僕は振り向いた主に声を掛けた。

長い睫がはっきりと瞳を縁取り、白い肌に映えている。そして紅い唇。彼女はやんわりと微笑んだ。

「息抜きよ」彼女がそう答えた時、紅い唇が割れてわずかに白い歯が覗く。僕はその容貌の完璧なバランスに息を呑んだ。

僕が口を開かないので彼女が話し始めた。

「久し振りね。前に会ったのは学生の頃じゃなかったっけ?」楽しそうに笑顔を浮かべながら喋る彼女。僕はそっと笑顔を返す。だが、心の奥底の緊張は緩めなかった。距離感をしっかり保とうと心掛けているのだ。

「そう。最後に会ったのもこの洋館だった。」僕は答える。

「そうだったっけ?」彼女は笑顔のまま小首を傾げる。長い髪が左肩に寄って、首の右側の白い肌が目に映る。その眩しさに、少し心が揺さぶられた。僕は一度俯いてから、真白い月を見上げた。

「サークルの連中と一緒にこの洋館でパーティをした。その夜、月の下で見たのが最後だよ」その時もこんな少し肌寒い、空気の澄んだ夜だった。記憶は熱を伴っていない。彼女に関わる記憶はどれも微かな冷気と共に在る。

「そうだっけ」彼女は傾げた顔を少し上に向ける。そして記憶を探るように目を瞑った。微かに「う~ん」と唸っている。

僕は見かねて口を開く。「ほんの短い間だよ。暇乞いをした時の事だから」

それを聞いた彼女が目を開いて僕に向き直った。そして改めて笑顔を作って言う。

「そっか」短く。

「そうだよ」簡潔に。

短い言葉の後の沈黙。時間の感覚が鈍る。音を立てるものが無いので世界が止まってしまったようだ。

…などと思っていたのも束の間であったろう。遠くから呼ぶ声がする。

「お嬢様!」

彼女を呼んでいる。僕は振り返り、洋館を見る。青い世界に、窓とドアの隙間から暖かな橙色の光が漏れ出している。その下の人影が彼女を呼んでいる。

僕は彼女の方を振り返る。彼女はそれを待っていたかのように口を開いた。申し訳無さそうに眉根を寄せながら苦笑する。

「ごめん。失礼するわね」

また、短い言葉。

「主催者だから仕方ないさ」僕は答えながら半身を引いた。

彼女は会釈をしながら早足に僕の前を過ぎて行った。

黒いドレスの後姿を僕は見送って、そしてドアが閉じたのを見届けてから小さな溜息を一つ、吐き出した。

翌朝―。

部屋の外の騒がしさに目を覚ました。

スーツの上着を脱いだだけでベッドで眠っていたらしい、僕は着崩れたシャツ姿でベッドの上に状態を起こしていた。体は酔い覚めの脱力感に包まれて、重い。できればもう一眠りしたい。

しかしそとの騒ぎの質はそれを許さない緊迫感を持って僕の脳髄に届いた。

火事などの必死さと恐怖の入り混じったのとはまた違う、困惑と悲しみが合わさった様な…。

とにかく僕は大きく息を吐いて、全身の神経に気を配った。格好も気にせずにスリッパをつっかけてドアへと向かう。

ドアを開いた。

外は大変な騒ぎだ。

僕のように騒ぎを聞いて目を覚ました御歴々が、騒ぎの中心へとばたばたと駆け寄る。そして「ええ!」とか「そんな!」とか叫んで、騒ぎの音源と姿を変じる。

僕はのろのろと歩み寄った。人が騒いでいる時ほど冷静に振舞う事を、僕は自らの矜持としていた。

騒ぎの一番外側、僕より一回りは年上の男に話しかけた。

「一体何の騒ぎなんです?」寝癖も直っていない、暢気な男がその男の目に映っていたろう。

「君…!う、ん~…」

男は不謹慎な、と叫ぼうとしたのだろうか、一旦眉を吊り上げ、目をかっと開いて口を大きく開いたが、結局言葉を濁して口をつぐんだ。そして思い直したのだろう、今度は神妙な面持ちで囁いた。

「主催の淳子さんが自殺されたそうなんだ…」

僕は、平たく言えば衝撃を受けた。そして衝動に駆られて人並みを掻き分けて進んだ。

人垣。彼女の自室のドア。開いている。男達の足の向こう。微かに見える黒いドレスの裾。黒いハイヒール。白い足首。歪に広がる赤い血。

自殺?

一瞬、嵐のような思考が脳内を駆け巡る。昨日の夜の記憶、別れの夜の記憶、赤い血と白い足首。

騒ぐ群衆に部屋から出てきた秘書が宣したのを聞いた気がする。

「警察が来るまでこの部屋には誰も入れません。皆さんはそれぞれの部屋に戻ってください」

僕は動き出す群衆と共にその場を離れた。のろのろと名残惜しむ連中とは違って、全力の駆け足で。

昨夜の松の木の下に僕は駆け寄った。

昨夜の彼女が自殺するようには思えない。だが確かにどこか変だった。

この松の木に何をしていた?何か意味があるはずだ。

僕は枝を調べようとして手を伸ばし、焦って枝を折ってしまった。

反動で無様に地べたに転がる。

どうした?何をしているんだ俺は?なぜこんなに必死に―。

そこへ背後から駆け寄る足音がする。

背の高い男。

旧友にして、死んだ彼女の夫―。

「どうした?こんなところで何を―?」

「何故だ?何故なんだ?」

僕は自問していた。そして彼に問いかけていた。

何故、彼女は殺された?

>最近推理小説ばかり読んでいるから、殺人事件ばかり夢に見る。

>しかも、推理小説の雰囲気が漂っている。

>久し振りに時間を掛けて長いのを書いたな。

>それだけ鮮明に見たということなのだけれど。