ビット・ビート/散文
右の手のひらを胸にあてる。
両胸の間のわずかなくぼみ。
そこに指の付け根のもりあがりが、ぴったりとおさまるように。
脈動を感じる。
今はとても正確に、同じテンポと同じ強さを保っている。
まるで純真なあのメトロノームのようだ。
整然かつ丁寧に、きまった調子を発振している。
この皮膚の下、肋骨の向こう、肺の奥の、体の中心線よりちょっぴり左寄り。
そこに心臓はある。
いつぞや図鑑で見た赤黒い、“ハート型”よりもやや縦長で丸みの多いそれを思い浮かべる。
実物はややグロテスクだが、その重責に応じた圧倒的な力感を持っている。
なにせ一秒間弱に一回収縮し、血液を全身へと送り出しているのだ。
血液は酸素と栄養と水分を全身へ運び、老廃物を回収する重要なライフライン。
頭脳は眠ることが許される。
しかし心臓はそれを許されていない。
心臓の実像は寝ずの番を一徹にこなす、頑固な技師を思わせる。
大きさは、ちょうどこぶし二つ分の大きさらしい。
右手を握り、その上に左手を重ねて包み込む。
ちょうど、これくらいの大きさなのだろう。
片手でも握り潰せそうな小さな臓器―それが僕らを生かしている。
でも、それはただ事務的に、数を数えるように時を刻んだりはしない。
計算違いをして焦ったり、興奮して急いだり、ほっとして緩んだり、する。
それは人生にリズムを刻んでいる。
成功や失敗、興奮と消沈、同様と静穏、さまざまな自体に応じて、さまざまなリズムを刻む。
怒涛のロックンロール、恋のポップス、哀愁のジャズ、愛のバラード、人生に奏でられるさまざまな曲の、その調子を臨機応変に整える優秀なメトロノーム。
シンプルな、単音が築く、原初の音楽。
握ったこぶしにはいまいち脈動が上手く伝わらない。
それでも心臓は動き続けている。
目を瞑って静かにしていると、全身の至るところで血管が脈拍に合わせて収縮する振動を感じることができる。
とくん とくん とくん
ずっと死ぬまでこの音楽は続いていく。
人間は一個の、数十年をかけた運命の一曲を演奏する壮大なオーケストラ。
心臓はそのリズムメーカー。
僕は今、第何楽章まで生きただろうか?