夢日記051003-黄昏-

金髪の男がソファに座っている。

いわゆる中肉中背で、ワイシャツに黒のスラックスを着ている。

青い目、白人・・・。

疲れた表情。

俯き、両膝を支えに額の前で指を組んでいる。

男は疲れている。

(これが今夜の「僕」だろうか?)

視点が彼の位置に移る―。

大きな音を立ててドアが開く。少女が走り込んできた。6、7歳だろう。きれいなブロンドの髪をツーテールに結わえている。

「ただいま!」

走り込んだ勢いのまま、僕に飛びついてくる。

「おかえり」

少女は愛らしいくりくりとした目で僕を見つめる。僕は思わず微笑んで頭を撫でてあげた。

そうしているともう一度、こんどは小さく音を立ててドアが開く。紙袋を抱え閉じかけたドアを背中で押して入ってくるのは、少女の母親だ。紙袋を冷蔵庫の上に載せながら娘をたしなめる。

「アナ、だめでしょう。病院で騒いでは駄目。」

振り返った彼女は娘と同じきれいなブロンド。セミロングの髪型が、いかにもキャリアウーマンのシングルマザーと言った印象だ。

母親の苦言にはアナはまったく耳を貸さず、喋りつづける。

「ねえねえ、おじさんはアナの命の恩人なのに、アナはおじさんに何もお返ししてないの。だからお返しにね、あげたいものがあるの」

走ってきて息切れした上に、興奮しているため頬がピンク色に高潮している。

僕は母親の方を見て、お互いに苦笑する。

子供のこういう必死さは可愛いものだ。しかし、苦笑もつかの間。

「おじさんはね、さみしそうだからママをあげる!私のパパになって、ねぇ!」

呆気に取られてしまった。子供の思いつきというものは全く・・・恐ろしい。僕は唖然としてしまい、咄嗟に何か言う事が。

「ちょっと、アナ!何言ってるの!おじさんを困らせたらだめよ!ほら・・・もう・・・」

慌ててアナを抱き上げる彼女と目が合った。

ちょっと困ったような優しい目。

それは一瞬僕の心に安らぎを与えたが、そのまぶしさはすぐに反転し、苦い思いに変わってしまった。

(いつもそうだ・・・。)

僕は微笑んで言った。

「僕は駄目な男ですよ。」

濁流のイメージ。

(僕は・・・そうだ死のうとしてあの橋に・・・でもあの子が溺れて、流されてて・・・それで・・・ただそれだけなのに・・・なぜ、俺はここまで・・・。)

考えても解らない。

僕はソファから立ち上がり、ベッドに近づく。背後では小声で母親がアナを叱りつけていた。

この病室は僕の病室ではない。彼女の祖父の病室だ。

ベッドの上には琥珀色の夕陽が窓から射し込んでいる。酸素マスクを着けた彼女の父、あの子の祖父はもうずっと昏睡状態らしい。

この人もあの太陽のように燃え尽きつつあるのだな、と思った。

感傷と羨望がない交ぜになった感情の中、背後でドアが軋む音を聞いた。

ゆっくり振り返った僕が見たのは、老婦人だった。

僕には目もくれず、声にならない嗚咽を洩らして老女は横たわる老人に縋る。

そして僕は見た。

老人の目がかすかに開くのを。

目に蘇った意志の輝きが必死に老いた体を彼女へと向かわせようとする。

抱きしめようとしているのだろうか、やせ細った右腕は小刻みに震えるばかりでベッドから離れる事はできない。

老女はそれを見て老人の手を取った。

金色の光の中で互いに涙を流しながら見詰め合う二人の老人。それは一幅の絵画のような光景だった。

「会いに・・・来てくれたんだな・・・。」

「はい・・・はい・・・。」

この光景に満足した僕は病室を後にした。

「エマ、エマ・・・この人はな・・・。」<*そう、母親の名前はエマだ>

背後から聞こえる声。老父が娘に老女を紹介しているようだ。あの場で僕は一番の部外者だ。感動の再会に水はさすまい。廊下のベンチに腰掛けた。

しかしほとんど間も無くエマが病室から出てくる。少し涙ぐんでいた。

「こんなこと・・・ねえ、あなたにも父に会って欲しいの!本当にあなたは私達の恩人―。」

立ち上がろうとしているのに、もうこの体は僕と無関係のようだ。

エマが顔を寄せる。

僕は顔から離れる。

僕はまた男の顔を目の前に見た。

この男、死んでいる。

<夢の解説>

僕はこういう鮮やかな夢を良く見る。

琥珀色に染まった病室が印象的だった。

・・・男の死は意外だったかな。

「今夜は僕はこの男の役をしている」時は、その男はほとんど死ぬ事は無い。

万能の神の如く、死を避け力を振るう。

だからこの夢は、この男の視点を借りていたに過ぎないようだ。

傍観者だっただけに、男の死に顔に僕は冷や汗をびっしりかいて目覚めた。

それは自分が主人公ならありえない事だ。